「ニューヨークは大きなサンフランシスコだ」—。
そういうと、ニューヨークの人たちは激しく反発するだろう。サンフランシスコの人たちも黙ってはいないはずだ。いろいろな点で、この2つはむしろ対照的な都市だ。
サンタフェ研究所のジェフリー・ウェストは、両都市に違いはないという。違いがあるとすれば、そのサイズだ。
1.
物理学者のウェストは、都市が「スケール則」に従っていることを発見した。
平均賃金や人の歩くスピードは、都市によって異なる。だが、そうしたデータを都市の大きさに沿ってプロットすると、一直線上に並ぶ。
ウェストによると、都市の人口が2倍になると、その都市の平均賃金や生産性、研究機関の数、特許数などが15%ずつ増加するという。
動物は体が大きくなるほど、エネルギー代謝率が落ちることが知られている。
たとえば、ゾウはネズミよりも代謝率が低い。
それに対して、都市の場合は、サイズが大きくなればなるほど、その生産性はさらに高まり、より多くの富を生み出すことをウェストは明らかにした (2011年3月のポスト「人はなぜ都市に集まるのか」)。
この「収益逓増」のふるまいを、ウェストは「スーパー・リニア」とよんでいる。
ニューヨークや東京などの各都市は、それぞれ独自の地理や歴史のうえに形成されている。それにもかかわらず、世界中の都市をこの「普遍原理」が貫いている。
2.
どうして都市は、動物とは違って、大きくなり続けることができるのだろう。資源の制約から、限界に達することはないのだろうか。
ウェストによれば、都市の継続的な成長を可能にしているのがイノベーションだ。
成長の限界を乗り越えるために、これまでさまざまなイノベーションが生み出されてきた。
古くは鉄を発見し、最近ではコンピュータやITが発明された。
都市が成長を続けるばかりか、成長とともにさらに生産的になるのはこのためだ。
3.
一方、都市に必要とされるインフラには、逆の現象が観察されている。
都市のサイズが2倍になると、人口あたりのガソリンスタンド数や道路の距離などは15%ずつ減少する。「規模の経済」が働いているためだ。これを「サブ・リニア」とよぼう。
たとえば、100万人の人口の都市を、10万人の10都市に分割したとすると、それぞれの都市は、ひとつの都市のときよりも30-40%ずつ多くの道路を必要とするようになる。
都市のサイズがわかれば、その都市のガソリンスタンドの数、警官の数、エイズ患者数、人の歩くスピードまで答えることができるとウェストはいう。
4.
「都市はスケールする」—。2007年に発表された論文が話題をよぶなか、ウェストはすでに次のプロジェクトにとりくんでいると聞いていた。
2013年5月にエッジ (Edge) 誌上で、その新しい研究の途中経過について語っている。
新しい研究では、都市と同じことを企業について試している。売上や資産規模、従業員数などのデータを、企業の大きさ別にプロットしてみた。
その結果、都市と同じように企業もスケール則に従っていることがわかった。もっとも、企業には例外が多く、都市の場合ほどきれいに一直線上に並ぶわけではない。
都市も企業もスケールする。だが、都市と企業には決定的な違いがあるとウェストはいう。都市のスケール則がスーパー・リニアなのに対して、企業のそれはサブ・リニアだ。
売上は企業の大きさに比例 (リニア) して増加する。だが、売上に対する利益の比率は、企業規模が大きくなるにつれてどんどん減少する。そして、利益はいずれゼロになる。
都市は大きくなればなるほどさらに多くの富を生み出し、生産性が高まる。企業は大きくなるほど、その生産性やパフォーマンスは落ちていく。
5.
永遠に成長を続ける企業はない。これは私たちにも直観的にわかりやすい。
世の中には多くの企業が生まれ、そのなかから一部が生き残り、成長する。
飛ぶ鳥を落とす勢いの急成長企業も、ある程度の大きさになると、そのスピードと動きが鈍り、勢いを失っていく。
ウェストによると、従業員数が50-100人になると、成長企業がもつエッジは失われていくという。
入社したばかりの生き生きとした新入社員が、数年すると立派な「サラリーマン」に変身することを思い出させる話だ。
6.
都市は成長し続けることができるのに、どうして企業は必ず死んでいくのだろう。
都市のケースを思い出してみよう。スーパー・リニアは富の創出とイノベーションを反映し、サブ・リニアは規模の経済にもとづいていた。
同じように考えるなら、サブ・リニアが支配する企業を牽引しているのは、イノベーションではなく、規模の経済ということになる。
都市も企業も、同じ「人のネットワーク・システム」だ。どこから両者の違いが生まれるのだろう。
ウェストの答えは明快だ。「都市は異端を許容するが、企業はそうではない」。
イノベーションが生まれるには、多様性が必要だとよく指摘される。
都市には「クレイジーな人たち」が必ずいる。ニューヨークを少し歩いてみればわかることだ。
ひょっとしたらあまり歓迎されていないのかもしれないが、そんな異端者の存在が都市に多元性を与える。
一方、企業には異端者が入りこむ余地がない。
有名な大企業をのぞいてみればいい。あらかじめ規定された役割をこなす「賢い人たち」ばかりだ。
7.
もっとも、創業まもないビジネスには異端者もいるだろう。スタートアップは、過去に例のない斬新な製品やサービスを市場に投入することで急成長する。
だがそれも長続きしない。成長するにつれて多様性を失っていき、会社運営に必要な仕事が増えていく。
おそらくそのとき、企業は、スーパー・リニア (=イノベーション) からサブ・リニア (=規模の経済) へと転換するのだろう。
多くのビジネスはイノベーションをもって生まれ、成長する。だが、成長の過程で、イノベートすることをやめる。
8.
都市に多様性が必要なことは、都市論者たちがずっと指摘してきた。だが、ここ20年のニューヨークは、多様化とは反対の方向に向かっているようにみえる。
ゲイが集まるバーは店をたたみ、かわりに高級レストランがオープンする。かつてはアンダーグラウンドだったクラブは、主流路線の音楽しか扱わなくなった。
ジェントリフィケーションとも一体のこうした傾向を阻止しようとする人たちは多い。
擁護団体はマンハッタンからホームレスのシェルター (一時宿泊施設) を閉め出そうとする市の圧力に反対している。
ニューヨーク市は、40万人が住む17万戸以上の低所得者向けのアパートをサポートしているが、それを削減しようとする動きも出てきている。
多くの人は、平等主義的な社会正義観からこうした「弱者救済策」の必要性を主張する。
私はそれは違うと思う。こうした諸策は、ニューヨークの経済開発のために必要だ。
9.
多様性がニューヨークの成長にどれだけ貢献しているのかを示すのは容易ではない。変わり者を集めれば、イノベーションが生まれるわけではないはずだ。
ウェストがいう「クレイジーな人たち」は、どんな人たちのことだろう。異端者が実際にどのようにイノベーションを生み出し、都市の成長を実現するのだろう。
おそらくそれは物理学者のウェストの仕事ではない。私たちがその仕組みを具体的に考え、諸策を試してみるのに十分なてがかりを、彼はすでに与えてくれている。
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