• LからJ/Zへ?

    2年ほど前にマンハッタンのアルファベット・シティからブルックリンのブッシュウィックに引っ越した知人が、最近地下鉄が混んできたとぼやいている。 ブッシュウィックからマンハッタンのミッドタウンの職場まで彼は毎日通勤している。その通勤に利用するJ/Z線に人が増えてきたらしい。 そこで地下鉄の乗車数をみてみることにした。 1. 2016年4月にMTAが発表した統計によると、2015年のニューヨーク市内の地下鉄の年間乗車数は17.6億件に達した。1948年以来の高水準になるという。 それ以前にニューヨーク市の地下鉄の乗車数は20億件を超えたこともある。その後1950年代から乗車数は低下を続け、1990年代初めに反転した。 近年は乗車数の増加傾向が続いている。市内でとりわけ乗車数の多い駅はタイムズ・スクエア、グランド・セントラル、ヘラルド・スクエア、ユニオン・スクエアと続く。 いずれも多くの路線が集まるハブとしてマンハッタンの中心に位置している。市内の乗車数の半数以上がマンハッタンに集中しているのも不思議ではない。 Infogram 乗車数ではマンハッタンが圧倒的だが、乗車数の増加傾向となると話はちがってくる。乗車数の増加が著しいのはブルックリンだ。 2. どの駅で乗車数が増えているのかをみるために、市内すべての地下鉄の駅について乗車数の変化をマップしてみた。 すぐに手に入る1998年から2015年までの平日の乗車数をもとに、単純にその期間の増減の大きさを示している。ジェントリフィケーションの進行をみるには妥当な期間だろう。 乗車数の増加率が大きい駅は暖色が濃く、乗車数が減少した駅は紫で示している。 MTAが発表する乗車数はその駅に入った人の数を集計している。乗り換えに利用した人の数は含んでいない。またここでは期間内に廃止・新設された駅は対象外にしている。 地下鉄の利用者数は多くの要因に影響される。駅の統廃合や路線の運行状況も変わる。 すべての駅についてなぜ乗車数がそのように変化したのかを説明することはとてもできないが、大きな傾向は確認することができる。 市内全域で乗車数はおおむね増加しているものの、なかでもブルックリンのウォーターフロントに近い駅で乗車数が顕著に増えていることがわかる。 とりわけL線沿いの駅で増加率が大きい。ウィリアムズバーグにあるベッドフォード・アベニュー駅では乗車数がほぼ3倍に増えている。 ここ10年近くのブルックリンとL線の人気を反映しているといえるだろう。 ブルックリンの乗車数増はマンハッタンにも影響を与えている。L線が乗り入れるマンハッタンの1、3、8 アベニューの駅では乗車数が大きく増えてシンクロしている。 3. 地下鉄を利用するのはそこに住んでいる人だけとはかぎらない。乗車数には観光で訪れる人も含む。その貢献度をわりだすことはできないが、その数は少なくないはずだ。 ニューヨーク市を訪れる人の数は年々増えている。1998年に33百万人だった訪問者数は2015年には58百万人にまで増えている。8百万人強の人口の市にとって十分すぎる数だ。 ニューヨークが安全になるにつれて、観光客も地下鉄を利用するようになった。いまや観光客を集めるには信頼できる公共交通機関が不可欠だと指摘されてもいる。 2010年から2015年にかけてブルックリンの人口は5%増加している。同期間のブルックリンでの地下鉄の乗車数は12%増えている。 ブルックリンの人たちが突然地下鉄好きになったとは考えづらい。  Infogram 人の移動パターンが変わったと考える方が自然だろう。市が熱心に行っていたキャンペーンも功を奏したとみえて、多くの観光客がブルックリンを訪れている。 かつては多くの人がマンハッタン以外のボロウからマンハッタンに通勤した。地下鉄の路線網はそれを前提としている。だがそれも変わってきていることが指摘されている。 ブルックリンやクイーンズでは住んでいるボロウ内 (ブルックリンやクイーンズ) で働く人が増えているという。ブルックリンではスタートアップを含むビジネスが増えている。 ブルックリンとクイーンズの間を通勤する人や、フリーランサーなど自宅で働く人も増えている。働き方の変化も影響を与えているだろう。 4. いずれにせよブルックリンでの乗車数が大きく増加していることは確認できた。 知人が通勤に利用しているJ/Z線の駅も乗車数が増えている。彼がぼやくのも無理もないのかもしれない。 ところで2015年のブルックリンの乗車数をよくみてみると気づくことがある。L線のいくつかの駅では乗車数が減少しているということだ。 L線のグラハム・アベニュー、グランド・ストリート、モーガン・アベニューの駅 (青) ではいずれも2015年の乗車数が前年に比べて減っている。 ベッドフォード・アベニュー駅 (グレー) は前年比0%だ。ウォーターフロントに近い駅で乗車数が減少を示している。 https://fafsp.cartodb.com/viz/b57ffe86-08d7-11e6-928f-0e787de82d45/public_map L線とJ/Z線はおおむね並行している。L線は北を、J/Z線はその南を走っているが、一部では両路線が接近している。 知人が住むのはL線とJ/Z線の間で、どちらの駅も利用することができる距離にある。 L線の車内の混雑ぶりはよく知られている。イースト・リバーのトンネルの修復のために長期間L線を閉鎖する必要があるともいわれている。 L線を敬遠する人たちがJ/Z線を利用しているのかもしれない。「ジェントリフィケーション路線」といわれたL線やウィリアムズバーグの熱もようやく冷めてきた可能性もある。 高架を走るJ/Z線の周辺はヒスパニックが中心のネイバーフッドだ。パブリック・ハウジングもある。そこに知人のような白人の若い人の姿が増えてきた。 LからJ/Zへのシフト? この微細な変化が大きな潮流の兆候なのか、それとも一時的なものなのかは来年以降に発表される乗車数をみる必要がある。 5. 地下鉄の利用は住民のデモグラフィックスとはまたちがったピクチャーを示してくれる。…