ドアが閉まる前に

とにかく移動が大変になった。フライトの数は急激に減り、入国は国民とわずかな例外だけに制限されていて、どうにか入国した先では二週間の隔離が待っている。楽になった部分もなくはない。なにしろ長距離フライトを利用する人はほとんどいない。

7月終わりのJFK空港にひと気はなく、夏の午後の光が差し込む出発ロビーには、チェックインの乗客よりもヒマをもて余す空港係員の方が目立つ。セキュリティで手荷物の検査を待つ乗客は2人だけ。TSAが毎日更新するアメリカ国内の空港における保安検査数の統計によると、夏の休暇時期だというのに、空港を利用する人の数は前年7月の1/4程度に過ぎない。

国際線が離発着する第1ターミナルの2番ゲート付近で搭乗を待つ乗客はせいぜい20人というところで、このA330-300はほぼ空っぽで飛び立つことになるはずだ。機内での社会的距離にはありがたい。レストランも免税店も閉じたままで、国際空港に特有の喧騒と高揚感を置き忘れてきた出発ターミナルは、窓の外の世界で起きている混沌を忘れるのにはちょうどいい。

乗客はどこか外国人風情の人ばかり。それもそのはず、アメリカ人はこのフライトが向かう欧州への入国を禁止されている。アメリカのパスポートをもっていればたいていの国にビザなしで入国することができたのは過去のこと。今では世界の大半の国が、COVID-19の感染拡大が続くアメリカからの訪問者をお断りしている。

入国できる国がほとんどないというのに、8月に入ってアメリカ国務省が海外の渡航中止を求める勧告を解除したことは、いかにも間が悪すぎてジョークにもならない。欧州は言うまでもなく、カナダさえ訪れることができないこの夏、多くのアメリカ人がロード・トリップに向かっているのは、自国を再発見しようという殊勝な心がけなのか、それとも数ヶ月のロックダウンに続いてステイケーションだけは免れようということなのか。

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各国の入国制限の状況は刻々と変わっている。旅行代理店や航空会社は、個別の顧客や旅程に関する助言は行わない。格安航空券を探すアプリは破格のチケットを次々と提示するものの、自分がその旅程で移動できるのか、目的地に入国できるのかについては、各自で確認するしかない。もっとも自分のことなのだから、自分で考え判断するのは当たり前のことなのだ。

ある空港が乗継ぎのトランジットを認めていたとしても、自分がそのケースにあてはまるかどうかはまた別の話だ。空港の入国審査では、同じパスポートをもっていても、入国を許される人と入国できない人がいる。それぞれのケースは全て異なるのだ。

自分の旅程と、居住地、出発地、到着地における自分のステータス (国籍、居住権) の詳細を添えてフランクフルト空港内の連邦警察に予めメールを送り、同空港でのトランジットが可能かどうか確認を求めたところ、「トランジット可能」と返事が戻ってきた。

入出国に問題があればこのメールを見せよう。これでいくらか安心とはいえ、依然リスクはある。各国の事情はいつ変わるかわからない。映画「ターミナル」が繰り返し脳裏を過ぎる中、現地に着くまで状況が急変しないことを願って機内に乗り込む。

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あるスタディによると、COVID-19の感染者と同じフライトに乗り合わせた乗客が機内で感染する確率は平均で0.013%だという。その数字をどう評価しているのか、リスクを冒して移動する人たちはいる。観光客が機内を満たしたオーヴァーツーリズムは過去のこと。いま移動しているのは、じっとしていることにリスクをみる人たちだ。

急速に沈みゆくアメリカへの懸念が日に日に深刻化している。次々と投げ込まれる火種はあらゆる領域で法的限界を試し、その効き目を確かめながら、次に盛る一服の準備を続ける。著しく後退するデモクシーとアメリカ例外主義を目の当たりにした移民たちは、故国をこれほど恋しく思うことはこれまでなかったと失望と危惧を隠そうとしない。外国人と結婚したアメリカ人の中にはパートナーのパスポートの国に向かうことを考え始めた人がいる。

パンデミックによる移動制限はいずれ緩和されるはずだが、その陰で進行している遡行不可能な地滑りの先に混迷する世界が待っているとすれば、少しでも安全なところに移動する人が出てくるのは当然のこと。パンデミック下での移動にはリスクが伴うが、移動しないのもリスクなのだ。

欧州で感染が拡大した3月にアメリカは欧州からの入国を制限したが、その後欧州は感染抑制に成功し、7月に再開を果たした際にはアメリカからの入国を禁止した。外から異質なものが入ってこないようにと壁を建てたら、閉め出されたのは自分の方だったことになる。

モビリティを確保する上でアメリカは望ましい場所と考えられてきたが、もはやそうとはいえなくなった。ビジネスを行う場所として適切ではないというわけか、撤退する外国企業も出てきている。市民権を放棄する国外に住むアメリカ人の数が今年になって急増していることは、従来の二重課税負担だけでは説明できそうにない。

2015年の難民危機は予行演習だったとでもいうわけか、移動が困難なこの時期に、人びとは各国間の隘路を探り始めている。誰もがそうしなければいけないように、大量の人が同じ目的地に向かって同時に移動することはもうないのかもしれない。それでもこれまでとは異なる目的とルートで、人の移動は続くことになる。

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国境を越えることはルーティンではなくなった。それは当たり前の権利ではなく、許可を請い取得すべき、例外的なケースといっていい。

アメリカ人はいま自国を離れることができないに等しい。国務省領事局は3月から閉鎖していて、120万件以上のパスポート申請処理が滞っている。「生死にかかわる」緊急事態でない限り、発行手続きを近々行う予定はない。ドアは閉まり、中から鍵がかけられた。

経済が低迷したことで、投資によって外国の居住権を取得するゴールデン・ビザを求める人の数は減ると言われる一方で、社会の不安定化を恐れ、いざという時のために備える「プランB」としてのゴールデン・ビザに関する関心は高まっている。

マネーと人のモビリティの確保がウェルス・マネジメントの不可欠な一部であることは、パンデミック前も、そのさなかも、その後にも変わりはしない。実際、ゴールデン・ビザや投資による市民権取得のプログラムは、オフショアの金融センターとよく似たところがある。各国の法制度や税制の間に生じる不整合や綻びにアービトラージの可能性を探ることにおいて、両者はほぼ同形なのだ。

グローバルな共通の制度に従うのではなく、国家が主権を主張し、資本や人を保護するそれぞれ独自のルールを導入するからこそ、より有利な税制やパスポートを探し求めるチャンスが生じることになる。EU各国がゴールデン・ビザを発給していることに対して、EUは苦言を呈しつつも、具体的なアクションを起こすことはできない。そこに潜む齟齬とジレンマは、このEUの状況に何より顕著に表れている。

国家や法律を超えるかのように振る舞う「グローバル・エリート」は、国家間の隙間をエクスプロイトする。それは国家があってこそのものであり、彼らはグローバルに存在するのではなく、国家と国家の間に暮らしている。

真にグローバルになり、共通のルールが世界を上書きしては困るとすると、グローバルと称する人たちが熱心にナショナリズムを扇動し、資金援助するのも理に適っているというものだ。それがどこまで奏功したためなのかは別にしても、世界共通のルールに背を向ける動きがあちこちで広まっていることを考えると、この綻びは今後より大きくなるのかもしれない。

オフショアは文字通り「沖合」に存在する必要はない。実際それはオンショアに食い込んできている。オフショア金融はオンショアにもあり、その典型例はロンドンのシティだ。ユーロ・マネー市場のことを思い出してみればいい。それはいわば「非居住者」のマネー版とでもいえる。

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2017年1月にアメリカに新大統領が就任して以来、少しずつモノをニューヨークから運び出してきた。幸い所有物といえるものはそもそも多くはない。とにかくモノを持たないように暮らしてきたし、モノを増やさないためには多少の出費を惜しまなかったおかげで、いつもより一つ多い荷物をもって何度か行き来することで、ニューヨークのアパートにモノはなくなった。

3ヶ月先の世界が予想がつかないとしたら、アパートのリースや家具やモノは、いざという時のことを考えると負担が大きすぎる。来たるべき冬の時代に備えて、一旦全てを振り落とし、いつ何が起きてもいいように身軽にしておこう。国境の近くにいると事態が見えやすい、それと同じことだ。

もちろんそんなことは取り越し苦労に終わるだろう。いざという時は訪れない方がいいし、おそらく訪れることはないだろう。念のため、あくまで念のため。