パンデミックの向こう側

世の中がすっかり変わってしまって、夜中ふと目が覚めた時に、自分がいまどこにいるのか、どんな時に生きているのか、意識をたぐりよせるのに少し時間がかかることがある。異次元にすべりこんだようなこの違和感はどこからくるのだろう。

ここ数ヶ月だけでも変わったことはある。11月7日の昼近くにはマンハッタンのダウンタウンで外から大きな歓声が聞こえてきたことで、バイデンの勝利を知るに至った。外を歩けば春の感染ピーク時の不気味な静けさはすっかり過去のもの。ずいぶん人が戻っていて、少なくとも表向きは普段の生活を取り戻しつつあるかにみえる。

ただそうしたことではない、もっと別の目に見えないところでなにかが変わってしまって、歩道を歩いていても、部屋でスクリーンに向かっていても、なにか違うという感じがつきまとう。

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パンデミックで具体的に変わったのは、なにより働き方なのかもしれない。

オフィスに行かずに自宅で働くwork from home (WFH) は、小さな子供がいる従業員などに働き方の柔軟性を与える目的で、ずいぶん前から米国企業の多くが導入している。週に一日はWFHでいいという企業は少なくなかった。最近では予告なくオフィスに現れない人も珍しくなく、work from bedと言われたりもするが、ともあれWFHが一夜にして常態化し、誰もが壮大な社会実験の一員になった。

家族がある人の中には自宅では働きづらいという人も少なくなく、ロンドンでは都市の中心部から離れたところにコワーキング・スペースがオープンしているという。オフィスには行かずに自宅近くのコワーキング・スペースで働く、WFHとオフィスの中間点というところなのかもしれない。

そしてwork from anywhere (WFA) こそが未来の働き方だという主張もある。

たとえば米国特許商標庁 (USPTO) では数千人がWFAで働いている。WFHに続いて2012年に導入されたWFAのプログラムは、職員に最初の二年間をUSPTOの本庁舎で働くことを要請し、その後WFHの期間に続いて、WFAへと移行する。WFAになっても、ときには本庁舎に顔を出すことが必要になるが、その旅費は職員が負担することが条件とされている。

創業時からオフィスを持たず、従業員全員が完全リモートで働くGitLabや、やはり本社もオフィスもないWordpressを運営するAutomatticもWFA企業にあたる。

WFA企業からすれば、才能を確保することがなにより最優先で、適材さえいれば働く場所は問わない。本社所在地であろうと、数千マイル離れた別の州の自宅からであろうとかまわない。そもそも本社がなければ本社の近くにいようもない。才能はクラウドにあるというわけだ。オフィスを捨ててバリやカリブの島を転々としながら働くデジタル・ノマドの「ワーケーション」を連想しがちだが、実際には必ずしもそうでもないらしい。

WFAのクラウド・モデルには、頭脳流出を反転しうる可能性が指摘されている。たとえば東欧に住む数学の類稀な才能に恵まれた人たちが東欧の自宅からニューヨークの企業にリモートで働くこともできるし、親がいるユタ州の小さな町に住みながらWFA企業に勤めることもできる。

WFAを利用して生まれ育った場所に住むコミュニティ指向の人たちの中には、仕事以外の時間に現地の高校生を支援する活動など行う人たちが少なくないという。大都市から漏洩することの少ない知識や資源のスピルオーヴァーをリモートでもちこもうというわけだ。地元にはない企業に地元で勤め、地元にコミットする。どこからでも働くことができることによって、住む場所とより深く緊密な関係性をとり結ぶこともできる。企業を誘致する必要もない。

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テクノロジー企業の多くは、この春から従業員に対してWFHを要請している。中には永遠にオフィスに戻る必要はなく、今後ずっとWFHでよいとする方針を発表したところもある。但し条件がある。サンフランシスコやニューヨークから生活費が安い場所に移った場合には給与が調整されることがある。

VMWareはシリコン・ヴァレーを離れる従業員には給与を調整することを発表していて、たとえば本社のあるパロ・アルトからコロラド州デンヴァーに引越した場合には18%の給与減になる。ある人が大都市を離れ、より小さな都市、たとえばデンヴァーに引越した途端、その同じ人の才能の度合いが部分的に消えるというのだから奇妙な話だ。そして同じ会社で大都市に引越した場合には、給与の調整 (上昇) は必ずしも起きるわけではない。

ニューヨークとサンフランシスコに集中するこうしたビジネスは、場所に応じて給与を設定していることが多い。地域で異なる人材の需給条件に対応するためのものだというが、多くの人がWFHからWFAに移行すれば、その妥当性が問われることになる。実際USPTOは場所に応じた給与調整は行っていない。

WFH/WFAをめぐる議論は、都市が頭脳流出によって成り立っていることにあらためて気づかされる。都市の未来は才能のプールの大きさにかかっているのだという、それ自体間違ってはいないはずだが、唯一の万能薬とでも言わんばかりに売り込んだこのナラティヴがここ十数年大都市への頭脳流出の傾向を一層強化したわけだが、各都市が血眼で追いかけたその才能とは何のことだったのかをあらためて問うてみてもいい。

才能は個人の資質のことなのか、それとも大都市のオフィス賃料や生活費の割高分を才能と言い換えたものだったのか。全米平均の給与体系が企業内で一律に適用されるとすれば、ニューヨークやサンフランシスコに残る従業員はどれだけいるだろう。それでも大都市に残る人たちは才能ということになるのか。いっそこの際、頭脳流出入のヒエラルキーをひっくり返してみてはどうだろう。

テクノロジー各社がニューヨークなどでオフィスを引き続き拡張していることもつけ加えておこう。多くの企業が利用しなくなったオフィスをサブリースに出しているパンデミック下で、グーグル、フェイスブック、アマゾン、アップルは、マンハッタンで大型オフィスのリース契約や取得を積極的に続けている。もちろんその新しいオフィスでは誰も働いていない。これからはWFHなのだというテクノロジー企業が旗を振るジェスチャーは、格安で大都市のオフィスを借りるための方便なのではないかという陰謀説が流れるのも仕方がない。

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幸か不幸か、旅ができない状態が続いている。梯子を外されてしまったデジタル・ノマドたちには気の毒だが、いつでもどこにでも行くことができるようになったことが必ずしもオープンな世の中をもたらしはしないとしたら、旅ができないことも、そんなに不幸ではないのかもしれない。少なくともいろいろと考え直してみる機会にはなるというものだ。

インスタグラムで目にした人気のスポットを目指してはるばる遠くからやってきて、インスタグラムで見たのと同じ写真を撮り、すでにアップされている数千枚と同じ、誰も見ない写真をトリップ・アドヴァイザーにポストする。

カンファランスだビエンナーレだと急き立てられるように飛び回りはするものの、コントロールされたホテルの部屋と会場の往復以外にロカリティの機微をくみとる余裕もない。世界中に乱立するアート・フェスティヴァルのフォーマットが飽和し、その存在理由が問わているのは、移動制限のためだけではないはずだ。はるか遠くの国のことをお祭りにして見せてもらわなくても、自分の目の前にある課題に取り組んでみてはどうだろう。

ふり返ってみると、世界の都市ではグローバルなゼロ金利の過剰投与がもたらす歪な資産バブルと、深刻化するオーヴァーツーリズムが危うい綱渡りを続けていたところにパンデミックが引き金を引いた。ビジネスの世界ではすでにデグローバル化への折り返しが顕著になっていたわけだから、ウィルスが突然世の中を変えたわけではない。水面下でその条件が着々と準備されていたことになる。

手っ取り早くブーストするドラッグを手に入れてからというもの、少しでも切れると禁断症状が出るようになってしまった。解決法はといえば、より多量のドラッグをより頻繁に摂取すること。こうしてより多くの人が世界を飛び回り、マネーは回る。これでいいのだ。

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8時間飛んでたどり着いた国で、ニューヨークと同じメニューのカフェに座る。旅先でも同じニューヨーク・タイムズを読み、旅立つ前と同じ英語で、現地の仲間とグローバル化を批判し、サステイナビリティを主張する。自分がグローバル化を担っていること、サステイナブルとはいえない旅をしていることには気づかないふりをしておこう。

訪れた場所と具体的な関わりをもたず、何のインパクトを与えることも受け取ることもなく、後に残るものはせいぜいマイルだけ。飛べば飛ぶほど場所の重みが摩耗する。自分の属性を確認するために3,000マイル飛んで似た者同士のクラブに顔を出すなら、30分歩いて全く異なる環境に生まれ育ち、何も共有するものがない人たちが住むネイバーフッドで午後を過ごす方がよっぽどいい。幸いニューヨークのような都市ではまだそれができる。

いやそうじゃない、いまは旅ができないから目先のことをするしかないのだと言うかもしれない。そうなのかもしれない。それに世界に背を向けて閉じこもるのはよくないと言うかもしれない。その通りだ。ただ、自分と異なる人たちを避けるために世界を旅する倒錯したグローバリズムは、世界に背を向けることでバブルからバブルへと移動できるというものだ。風が吹いてバブルの端が破れたら、バブルは地に落ちるだろう。

その兆候はすでにみられる。なにより興味深いのは、地ならしされてシームレスなはずのグローバル化した世界が、トランプ政権とパンデミックを経て、突然でこぼこと起伏に満ちたフィールドとして現れてきたことだ。都市ではそのあらゆる片隅を上書きしつつあった市やデベロパーの企図がその機能を停止し、あちこちに綻びや隙間が口を開け始めた。

そこここに露出した破れを利用するように、多くの人が外に出て、通りを独自のやり方で利用し始めている。長年不可能と思われたこと、想像さえしなかったことをあっという間に変えてしまい、これまで経験のないことにとりくみ始めている。BLMのような路上の抗議活動を何度も経た後だからかもしれない。場所のもつ固有の重みがじわじわと増しながら、迫力をもって現れてきた。もしそうだとすれば、それは面白い世の中に違いない。

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パンデミック以前に広がっていた「ほかに選択肢は存在しない (No alternatives) 」という厭世感を後盾として、顧みることを許さず急き立てる明るいディストピアはクラッシュすることさえなく宙吊りにされて、世の中はさっさとオルタナティヴの世界に移行した。

突然世の中の景色が違って見えてきた。昨日まで当たり前に思っていたことが急に違ってみえて、なぜこんなことをしているのかと自問する。ずいぶん前から飽和に満ち満ちていた、この退屈なゲームもようやく降りることができる。マインドセットが完全に変わってしまったのだ。この4年間のトランプ政権の政策を元に戻しても、4年前と同じ地点に戻りはしない。以前とは異なる地点にきてしまった。たぶんそれは悪くない。戻らなくていい。

2021年1月の大統領就任次第、バイデン政権はトランプ政権が導入した移民政策を元に戻すと考えられている。外国人によりオープンな雇用環境になるのはありがたいことではあるものの、移民政策を迂回する働き方があちこちで構築されつつある。東欧からでもどこからでもWFAで働くことができるようになれば、移民政策そのものが意味をなさなくなる可能性さえある。

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場所や風土が変われば、考えることや考え方、行動は違ってくる。その違いを取り去ろうとするなら移動する意味はない。ジェントリフィケーションやオーヴァーツーリズムの問題も、ローカルやネイバーフッドとの間にどんな関係をとり結ぶのかという問題に行き着く。

その場所がもつ固有の条件をもう一度取り戻して、自分が住む場所を違うやり方でみてみてはどうだろう。観光客であれ高収入のプロフェッショナルであれ、お客様を集めるためのアメニティと考えられた公園を、住民の生活インフラとして考え直すこともできるはずだ。

3月から時が止まってしまったようだという人たちがいるが、実際にはパンデミックで世の中が再び動き始めたと言うべきだ。拠って立つ条件のシフトの流れが速すぎて、頭や体がついていかない時差ぼけのような状態が続いている。そしてもちろん、とにかく元の世界に早く戻そうとする力もあちこちで働いている。

パンデミックの向こう側にあるのは、ニューヨークの終わりでも、大都市の終わりでもない。多くの人が半袖で外にとび出してバイデンの勝利を祝した、あの遅れてやってきた夏のような日からすでに時間は過ぎている。冬がやってきたブルックリンの白い曇り空を眺めながら、それとも自分だけが夢の中にいて、そんなことを考えているのかもしれないとも思う。

 

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