アマゾン第二本社に関する覚書

11月13日、アマゾンは、その第二本社 (HQ2) をニューヨーク市とヴァージニア州アーリントンに決定したことを発表した。

これまでの経緯を簡単に振り返っておくと、2017年9月にアマゾンは、シアトルに続くHQ2を新たに設立することを発表し、その際に提案依頼書を公表し、北米 (アメリカ、カナダ、メキシコ) の大都市統計地域、州、郡および市から、HQ2誘致の提案を募った。その結果、翌月10月の公募締切までに、238の都市圏がHQ2の候補地として名乗りを上げ、一次選考の結果、ニューヨークとワシントンDCを含む20都市圏が最終選考に残ったことが2018年1月に発表されていた。その後水面下で交渉が続いていたようだが、14ヶ月に及ぶその選考にようやく終止符が打たれ、HQ2の場所が発表に至った。

1.

HQ2に選ばれた場所は、ニューヨークではクイーンズのロング・アイランド・シティ、そしてアーリントンはワシントンDCから川を隔てて南に位置するクリスタル・シティ。ナッシュヴィルにオペレーションズ・センターを設置することも同時に発表されている。同社の創業地であるシアトルと同等となるHQ2は、二つの場所に分けることで落ち着くことになり、「HQ2」が「2HQ」となる結果になった。

二ヶ所に分けた方が有能な社員の採用が容易だというアマゾン側の判断で、2018年8-9月に2HQへと二分することが決定されたという。HQ2のホスト都市では、向こう10-15年にかけて、平均10万ドルを上回る給与水準の5万人の従業員を雇用し、50億ドル以上の資本投資を行うと当初発表されていたが、二つの場所に分かれたことから、アマゾンが雇用する従業員数は、ロング・アイランド・シティとクリスタル・シティでそれぞれ2.5万人とやはり二分されることになった (11月13日のHQ2発表時には、雇用する従業員の平均給与は15万ドルとされている)。それでも大きな数字であることに変わりはない。

マンハッタンのミッドタウンからイースト・リバーを超えてすぐの場所に位置するロング・アイランド・シティは、マンハッタンのビジネス中心地に近く、また開発の余地がまだ十分にある。公表された覚書 (MOU) によると、99年のリースに基づき、イースト・リバーに面した数ブロックにわたる区画に、複合用途のオフィスが新設されることになるという。

クイーンズを含むマンハッタン以外の区は、これまでビジネスを誘致する際にはオフィス賃料など物価が安いことが主な利点とされてきたが、アマゾンがやってくることで、それもいよいよ変わる可能性がある。ロング・アイランド・シティには、1990年にシティグループが42階の高層オフィスを建設したものの、それも起爆剤となることはなく、人影まばらなインダストリアルなネイバーフッドから大きく変わることはなかった。HQ2の発表後には、そのシティグループのタワーの30階分のうち23階分をアマゾンが借りることが早速明らかになった。

2.

ニューヨークの誘致交渉と条件に関する限り、HQ2に目新しい点は特に何もなかったと言っていい。これまで何度も繰り返されてきたことと変わりはしない。

アマゾンとのMOUは、ニューヨーク州による12億ドルのパフォーマンス・ベースのインセンティヴをはじめ、合計30億ドル近くに及ぶ各種インセンティヴを同社に与えることになっている (ニューヨーク市はアマゾン向けの特別なインセンティヴは与えていない)。HQ2の誘致に手を挙げた他の都市の多くは、やはりインセンティヴをそのパッケージに含む提案を行っていた。アマゾンはその提案依頼書で、クリエイティヴな提案を奨励していたのだが、ほとんどの提案書はマネーで引きよせる、どうにも非クリエイティヴなものだったようだ。

企業が移転する素振りを見せるのは、インセンティヴを引き出すためのブラフではないかという議論は大昔から存在し、多くの調査の結果、インセンティヴによって企業がロケーションの選択を変えることはまずない (インセンティヴがあってもなくても企業はその理想とする場所に所在することを選ぶ) ということがコンセンサスになりつつあるというのに、それでも競うようにしてインセンティヴを出すケースが後を絶たない。HQ2はそれを改めて確認するものだった。州や市がインセンティヴを与え続ける理由があるとすれば、誘致に失敗した場合にも、全ての手は尽くしたのだと弁解する材料を政治家に与えることぐらいだと言われている。

そのことから、アマゾンは初めからニューヨークとDC近辺に決めていて、インセンティヴを引き出すために公募の体にしたのだという意見も少なくない。HQ2が発表された後に漏出した文書によると、ペンシルヴァニアは46億ドル相当の補助金をアマゾンに提案していたことが明らかになっている。ニュージャージーは75億ドルのインセンティヴを提案したものの、それでもアマゾンはハドソン川を越えはしなかった。それどころか、アマゾンが何をするにもことさら高価なニューヨークを本社の場所として選んだことは、企業のロケーションはコストの多寡で決定するわけではないことを示しているのは明らかと言える。実効性が疑問視されるインセンティヴ合戦がまたもや繰り返されたことから、無駄な補助金を出さずに済むことになる、HQ2の誘致に失敗した236都市圏こそが勝者なのだという指摘にもそれなりの説得力がある。

アマゾンによれば、ニューヨークとDC近郊を選んだ大きな理由は、その豊富な労働力の存在だという。ニューヨークにはエンジニアだけでなく、マーケティングやメディアなど、より幅広い分野にスキルを備えた人たちが数多くいる。また、アマゾンのような企業にとっては、ニューヨークのように高密度の大都市は、様々な実験を行うのに適していると考えられる。オーダーから1時間以内に商品をデリバリーするサービス、レジのない小売店のアマゾンgo、そして都市内を厳選した食品を積んで巡回するトラックなど、常に新しい試みを続けている同社にとっては理想的な市場のはずだ。新しいプロジェクトをローンチして、それがどのように受け入れられて、どんな反応が起きるのか。プランを練るよりも実際に試した方が早いし、多くのデータを収集することが可能になる。

3.

超優良企業の大型誘致に成功したニューヨーク州とニューヨーク市は自画自賛に忙しい。

HQ2が発表された11月13日の夜には、エンパイア・ステート・ビルディングがアマゾンのオレンジの光で祝福した。ニューヨーク州知事のアンドリュー・クオモは、アマゾン誘致のために必要ならば、自分の名前をアマゾン・クオモに変えてもいいと意気込んだものの、市民の反応は一層冷えるばかりだった。何よりダジャレなのかどうかさえ判別がつかず、ジョークとしてはどうにもお粗末すぎる。一方独立系の実店舗を支持し、一度もアマゾンで買い物をしたことがないことを誇りとしているビル・デブラシオ市長は、その強い信念にもかかわらず、アマゾンがニューヨークにやってくることは望ましいのだという不可思議な論理を展開し、多くの者を困惑させている。何より奇妙なのは、あらゆることに反発し合い、同意することが全くないことで知られるこの州知事と市長が、HQ2に関してだけは固く手を握り合っていることだ。

州と市のリーダーのセルフ・プロモーションとは対照的に、HQ2を歓迎するニューヨークの住民は多くない。いずれ2.5万人を雇用することになる巨大なキャンパスがオープンすれば、ただでさえまともに走らない地下鉄は一層混雑し、すでに高すぎる家賃はさらに高くなることは誰にでも予想できる。シアトルの状況を知っているならなおさらのことだ。

アマゾンの担当者は、HQ2にロング・アイランド・シティを選んだ理由について、市内でも移動手段が最も豊富な場所の一つであることを挙げている。なるほど近辺を走る地下鉄やバスの路線はそれなりに多いが、接続や運行面に問題は多い。伝えられるところによると、市は今年の4月、7月、9月と三回にわたり、アマゾンの責任者をロング・アイランド・シティのネイバーフッドに案内し、その際にはバイクシェアや夕暮れ時のフェリーに乗せてツアーを行ったというが、賢明な市の担当者は、ラッシュアワー時にクイーンズボロ・プラザの駅から地下鉄に乗せるようなマネはしなかったはずだ。

アマゾンと州・市の間で続いていた交渉期間中には、どれだけのインセンティヴがアマゾンに提案されているのか、市民に知らされることは全くなかった。誘致が決まり、蓋を開けてみれば、HQ2に関する合意の仕組みが州レベルでの認可を必要とするようになっているため、市の規制を上書きするようになっている。ロング・アイランド・シティのHQ2候補地は、現在製造業向けのゾーニングのため、オフィス建設にはゾーニングの変更が必要になるものの、市の審議会を迂回することによって、通常ゾーニング変更に求められる各種レヴューが省略されることになり、実質的にフリーハンドの認可をHQ2に与えている。あらゆることに反対し、訴訟にもちこむことで知られるニューヨークの厄介な住民が意見することができないように、周到に手が回っていたことになる。

HQ2予定地の近く、クイーンズボロ橋の北には全米最大のハウジング・プロジェクトのクイーンズブリッジが控えていて、覚書の一部として設置が約束されているアマゾン専用のヘリポートから世界で最も裕福な男を乗せたヘリが巨大なハウジング・プロジェクトをかすめて飛び立つ様は、下手なディストピア小説よりも未来を先取りしていると言うべきなのか (MOUによれば、アマゾンはクイーンズブリッジでジョブ・フェアなど、雇用に向けた住民支援を行うことになっている)。

4.

HQ2の誘致過程に市民は存在しないが客はいる。しかも超優良企業が、数万人の高給職を連れてくるまたとない上客となれば、州と市のリーダーの目の色も変わる。全てはお客を集めるため。HQ2誘致をめぐる顛末はお客様アーバニズムそのものだ。

相手がお客様なら、揉み手で近づき、あれこれ売り込むのは都市の側になる。圧倒的なバーゲニング・パワーを握るアマゾンと、それにすり寄り媚びることしか知らない州・市のどうにもダメなご都合主義の連合。HQ2で明らかになった両者間のひときわ非対称的な構図は、お客様アーバニズムの当然の帰結と言える。アマゾンの公募のやり方に対する批判は多いが、州と市はそのゲームに乗ったのだ。その時点で行き着く先は概ね見えていたはずだ。

素敵な公園にバイクレーンを整備すれば、多くの才能がやってきて、良い都市が出来上がる。そうすれば都市の問題は自ずと解決するとでも言うように、奇妙に単純化された都市の成功条件をアーバニストが熱心に売り込んできた。HQ2の候補地が満たすべき要件を箇条書きで記載したアマゾンの提案依頼書は、そうしたパワーポイント式アーバニズムのカリカチュアのようにもみえる。都市のように著しく複雑のものを、果たして箇条書きに還元できるのかどうかは別にして、それが都市のゲームのルールというなら、そのルールに従ってプレイしてやろう。アマゾンからすれば、そういうところなのかもしれない。

HQ2の発表後にしばしば指摘されている点の一つは、すでに多くの企業が存在する大都市圏に、またもう一つ大企業が集まることになったということだ。その結果ニューヨークのような大都市はさらに大きくなり、それ以外の地域は取り残され、一部の大都市圏とそれ以外の分断はいよいよ拡大する。これが成功のフォーミュラなのだと提示され、誰もがそれに従えば、その条件をすでに満たしているところに企業が集まったとしても不思議ではない。

5.

ところで、アマゾンの社内では、パワーポイントなどのスライドの使用が禁止されていることはよく知られている。創業者でありCEOのジェフ・ベソスの指示によるものだ。会議に参加するエグゼクティヴには、パワーポイントではなく、6ページのメモを文章で書くことを要求し、会議はそれぞれが準備したメモを黙読するところから始まるという。メモを準備するには多くの時間と何度も書き直すことが必要で、文章によるナラティヴを構築し、何よりも深くエンゲージすることを強いることになる。簡便なやり方とはほど遠い。

考えてみれば、ユーティリティと効率性を極限まで追求するアマゾンが、社内ではそれと対極的で、迂遠にみえる方法を用いているのは面白いことだ。文字通り無数の商品を、価格などのごく限られたメトリクスに基づいて並べ替え、比較し、ランクづけする。いかにもわかりやすく容易で、そして随分強引なそのソリューションを広め、世の中のあらゆるものをそうしたフレームで見ることを日常生活に埋め込んだ企業が、社内では自社サービスとは対極にあるやり方を強制しているというのはどういうことなのだろう。

フォーミュラに還元しようとするアーバニストを責めるのは、必ずしも公平ではないのかもしれない。なにしろそれを期待し、求めている人たちがいるのだ。そこで展開されている議論を追っていくのではなく、答えを探すために本を開く。どういうわけか、どこかに予め答えが書いてあるものと前提されている。検索結果がいつの間にか答えにすり替わっているばかりか、知らないことを耳にしたらすぐにスマホで検索し、検索結果に出てきた誰かが言っていることをそのままマネして口に出す。早く答えを教えてくれ、問題を解決する方法を一言で言ってくれ、一体どうすればいいのか。口移しで受け取り、飲み込む人たちがいるからこそ、それに応えようとする人も出てくる。そして彼らは様々な答を教えてくれるだろう。これが成功の方程式だ、インターネットがあれば世界はバラ色に一変する—。

箇条書きのスライドは、要点を明快に推し出すことに長けたパワフルなツールだが、スライドには出てこない多くの複雑なものを隠すことにも秀でている。2004年にパワーポイントを禁止することを社内で正式に伝えた際、その理由を伝えるメールで、ベソスは次のように述べている。

パワーポイント式のプレゼンテーションは、どういうわけか、アイデアを飾り立て、相対的な重要度に関する感度を失わせ、そしてアイデア間の相互関係を無視させる。

パワーポイント式のソリューションを売り込むアーバニストにそれを受け入れる都市と、それを許さないベソス。両者の差は意外とこうしたところにあるのかもしれない。

6.

HQ2の発表後に次々と出てくる反対意見に応え、クオモ州知事は、アマゾンだけでなく建設業の雇用の確保など、HQ2がもたらす恩恵を挙げて、HQ2誘致の正当化に追われている。完璧な世界では州や市はインセンティヴを与える必要もないのかもしれないが、世界は毎日熾烈な競争に晒されているのだというのが彼の主張だ。確かにニューヨークが他の州を相手にだけでなく、国際的にも競争関係にあることは事実だ。デブラシオ市長は、世界で最も多様な場所であるクイーンズでテクノロジーのキャリアを始めることが可能だと、HQ2と自身を擁護している。

試行錯誤を繰り返し、時間をかけてビジネスの適正なミックスを探していくことや、ビジネスを醸成する助けを考えるよりも、すでに出来上がった優良企業と雇用を買う方が手っ取り早いに違いない。シヴィックな取り組みなどと悠長なことを言っている暇はない。そもそもシヴィックな可能性を予め排除したのがHQ2だった。クイック・フィックスを求めて大きなディールをトップダウンでつかみ、リブートする。都市の成功条件とされる才能を集めることとは、望ましい人たちやビジネスを移植して市のポートフォリオを入れ替え、都市の生産性を高めることだったようだ。

HQ2への批判はまだまだ落ち着きそうにない。ウォール・ストリート・ジャーナルの編集局までが、「最悪のクローニー資本主義」とニューヨーク州と市をあからさまに批判している。反対運動が拡がりをみせつつあり、HQ2実現にはクリアされなければいけないことがまだまだ多くある。それでもHQ2がニューヨークにやってくることになれば、地下鉄を走らせ、市民のトレーニングのプログラムを整備するといった、退屈で当たり前の必要な仕事は、一層置き去りにされることになるのだろう。何より残念なのは、そうした外的なショックを取り込み、自己調整することに優れている都市は、HQ2をめぐる失態や変化をもどうにか吸収してしまうだろうことだ。そして市内にはより一層マネーは回ることになるだろう。

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