窓のないタワーの住人

マンハッタン橋を歩いていると、改修中の建物が目に入ってきた。醜悪なことで知られるそのタワーはデータ・センター (DC) だ。

住所で特定するDCビジネス界隈で「375パール」といえば有名なプレーヤーだ。窓が一切ない建物だったが、窓ができている。一部をオフィスにするのだという。

なにが起きているんだろう。追いかけてみることにした。

1.

マンハッタンのDCをマップすると、南端のロウワー・マンハッタンと西のハドソン川近くに集中している。何を求めてDCはここに集まってきたんだろう。

多くの路線が合流する地下鉄の駅があるように、インターネットのネットワークにもハブがある。多くの光ファイバー・ケーブルが流れこみ、そして出ていくところだ。

ニューヨークの通信のハブといえば「60ハドソン」だ。ニューヨークでインターネットを利用すると、ほぼ確実にこの建物を経由することになる。

このブログをポストしたときも、そのデータはこの建物を通過しているはずだ。

欧州から大西洋を渡ったケーブルは60ハドソンに流れこむ。100を超えるキャリアが利用するこの「キャリア・ホテル」は相互接続のためのミート・ミー・ルームを備えている。

コロケーション以外にもウェブ・ホスティング、エンターテイメント、金融関連など、この建物に入りたがるビジネスは多い。ここが極端につながっているためだ。

2.

60ハドソンが完成したのは1930年。ウェスタン・ユニオンの本社として建設された。当時は電信事業が中心だった同社の電報を取り次ぐ場所として建てられた。

大西洋をはさんで欧州に面するニューヨークは、米国と欧州への玄関口として大量の電信をさばく役割を果たした。

1973年にウェスタン・ユニオンは本社をニュージャージーに移転し、その後この建物はキャリア・ホテルに改修された。こうしてインターネットのハブが生まれた。

通信向けに建てられたため、当初から建物内に30マイル (48km) もの配管経路があり、それが電報から電話、そして光ファイバーへの移行を可能にした。

60_Hudson_Street_from_One_World_Observatory_June_201560ハドソンの後、米国各地へのデータ転送はニュージャージーを経由することになる。マンハッタンからニュージャージーへはハドソン川を超える必要がある。

川を越えるケーブルは1927年に開通したホーランド・トンネルに沿って走っている。トンネルの入口近くに位置していることも、60ハドソンに地理的な優位性を与えている。

60ハドソンの近くにある、もうひとつのハブとして知られる「32アベニュー・オブ・ジ・アメリカス」も、20世紀初めに通信会社の拠点として建設されている。

3.

ハブにはレイテンシ (遅延) に敏感なビジネスが集まる。物理的にハブの近くにいることで、通信に必要な時間を短縮できる。距離とはすなわちレイテンシのことだ。

市場取引に高速の通信を求める金融ビジネスがDCを近くに求めるのも当然だ。ウォール街の近くにDCは多い。

DCの「75ブロード」はニューヨーク証券取引所 (NYSE) の隣のブロックにある。すぐ隣には2009年に新社屋に引越し始めるまでゴールドマン・サックスの本社があった。

もっとも、ここ10数年で金融地区は急速に変化している。住む人が増えて、金融ビジネスは次々とウォール街を離れてミッドタウンへと移動した。

2010年にNYSEが自社のDCをニュージャージーのマフワにオープンしたことで、高頻度取引の進展とともに、金融市場向けDCの舞台はニュージャージーに移っている

4.

サーバーの場所を公表するビジネスは少ない。だが意外なことでわかるときもある。

ハリケーンがニューヨークを襲った2012年10月29日、ゴーカー、バズフィード、ハフィントン・ポストのサイトが相次いでダウンした。

マンハッタンの南端に近い75ブロードと「33ホワイトホール」が浸水で電力を失い、そこに入っていたプロバイダーのウェブホスティングが停止したためだ。

ハリケーンがサーバーの場所を教えてくれた。メディアは利用者が多いマンハッタンにサーバーを置いておきたいらしい。レイテンシを抑える意図があるのだろう。

現在ウォール街近くで運営するDCのサイトをみると、バイオやメディアのビジネスをターゲットにしているところが多い。2014年にはコンデナストも1 WTCに入った。

金融と入れ替わるように、研究所やデザイン系のビジネスもロウワー・マンハッタンにオフィスを構えている。ネイバーフッドの変化に適応するのはDCも同じらしい。

5.

DCが入居する建物を見に行くと気づくことがある。元産業用施設が多いことだ。

現在はDCが入っていても、建設当初の用途がちがっていたところは多いはずだ。何のために建てられたものだろう。もともとの用途を追いかけてみた。

ハドソン川近くに産業用の建物が多いことがわかった。

DCが入居する建物には特定の要件が求められる。素敵な内装はおそらく不要だが、大量のサーバーを設置できる高い天井、重量に耐えられる床、冷房設備などが必須になる。

産業用の建物にはその条件を満たすものがある。倉庫やフレート施設だったものがDCに転用されているのはそのためだろう。

このことが、ハドソン川の近くにDCが多いことを説明する。

6.

19世紀終わりにウェスト・チェルシーは物資の荷揚げ拠点になった。ハドソン川に相次いで桟橋が建設されたこと、そこに敷設されていた線路へのアクセスが後押しした。

産業用の施設が多いのも当然だ。チェルシーのアート・ギャラリーにはリチャード・グラックマンなどによって倉庫を改修したところが少なくないこともうなづける。

ハイラインの隣にはナビスコの工場として建設され、現在はDCが入る建物もある。DCがアパレルのブランドと同居しているところがいかにも今日のチェルシーらしい。

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2010年にグーグルが取得した「111 8番街」はチェルシーのブロックひとつすべてを占める巨大な建物だ。この一帯には多くのキャリアのケーブルが走っている。

1932年に完成したこの建物の1階と地下はターミナルの役割を果たした。桟橋で荷揚げされた物資を運びこみ、ここで仕分けされた物資を積んだトラックが建物を出ていった。

物資は各地へと輸送される。リンカーン・トンネルとホーランド・トンネルに近く物流に便利だったといわれる。どこかで聞いたような話だ。

かつてはトラックでモノを運び、いまはパケットでデータを輸送する。ニューヨーク経済に書きこまれたコードはそんなに変わっていないのかもしれない。

7.

DCのロケーションを決定するもうひとつの要因は、地下を走るケーブルの場所だ。ニューヨークの地下網は1888年の大吹雪とともに始まる。

屋外の電線が雪で壊滅状態になり通信網が麻痺したことで、1891年にエンパイア・シティ・サブウェイ (ECS) が電話線を地中化することになった。

ヴェライゾンの子会社のECSは、現在もマンハッタンとブロンクス内の11千個のマンホールと58百万フィート (17,678km) の配管経路を所有および管理している。

ニューヨークの地下は、地上と同じぐらい秩序という言葉を知らない。

ドットコム・バブル期には利用されることのないケーブルが多く敷設された。おかげでダクトはケーブルで一杯だが、どのケーブルが生きているのかさえわからないという。

Stealth_Fiber_Crew_installing_fiber_cable_underneath_the_streets_of_Manhattan最近あるビジネスがロックフェラー・センター (49丁目と5番街) からコロンバス・サークル (59丁目と8番街) までケーブルを敷設した。

ところがダクトに余裕がないため、41丁目まで一旦南下し、そこからずっと西の9番街経由で北進するルートをとらなければならなかったという。

地上の距離は近くても、地下ではその数倍もの距離をケーブルが走ることになる。レイテンシを忌避するビジネスにはとても受け入れられない。

8.

ボトルネックはビジネス・チャンスだ。地下の混乱をよそに、DCと企業の間にプライベートのネットワークを提供するビジネスが出てきた。

アクシオムは市内最大のキャリア・ホテル5ヶ所を直接結ぶネットワークを構築している。レガシーのネットワークを迂回することで、驚くほど短距離で実現できるという。

同社のCEOはニューヨークとロンドンの間を最短距離で海底ケーブルを敷設したハイバーニアを導いた人だ。

ハイバーニアでの経験をマンハッタンに適用するということなのだろう。そのスケールはずっと小さいが、今回のプロジェクトの方が条件はより複雑なはずだ。

同社のネットワークのマップをみると、ハブといえるDCが存在しないミッドタウンにもネットワークがのびている。ヘッジファンドなどの金融ビジネスが多いためだろう。

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1960-70年代には窓がない通信目的のタワーが建設されている。375パール (1975年)、「33トーマス」(1974年)、そして「811 10番街」(1964年) だ。

1970-80年代はニューヨーク市が破綻の危機を迎え、ビジネスが市外へと流出しようとしていた時だ。マンハッタンの真ん中に通信拠点を建てることもできただろう。

都市回帰が喧伝され、人口が増えている今日のマンハッタンには、データよりも望ましい住人がいる。結局のところ、DCは不動産ビジネスだ。

キャリアが通信拠点の建物を (部分的に) 売却する例が近年増えている。

ニューヨーク・テレフォンの本社として建設された「140ウェスト」は、部分的にコンドにすることが発表されている。

ニューヨーク・テレフォンのスイッチ・センターだった50丁目の「ステラ・タワー」にはDCが入っているが、部分的にコンドに改修済みだ。

18丁目の「ウォーカー・タワー」もニューヨーク・テレフォンのコール・センターだったが売却されていまはコンドだ。この場所と建物をデベロパーが放っておくはずがない。

10.

375パールにも同じことが起きているのだろうか。

2011年にDCビジネスが375パールを買ったとき、グーグルが111 8番街を取得したことでテナントのDCがほかの場所へ引越すことになると考えたようだ。

マンハッタンでDCの要件を満たす建物は限られている。需給が逼迫すると考えたがそうでもないらしい。むしろニュージャージーのシーコーカスにDCのハブができつつある。

ニューヨーク市内のDCは平均で15年前に稼働を始めている。DCとしては古い。より設備が新しく安価なニュージャージーを選ぶところが増えると予測されている。

需給はむしろ緩和しているようだが、あいにく375パールはコンドにできそうもない。

まずは6-7階相当分をオフィスにする予定だが、15階相当まで拡張が可能だという。DCとオフィスの比率は最終的には市場が決めることになる。

もっとも、この需給はすべてのDCに等しくあてはまるわけではないようだ。60ハドソンの需要は依然強く、入居を希望するキャリアは多い。DC向けの投資を加速してもいる。

375パールはオフィスになっても、60ハドソンは今後もDCであり続けるのだろう。

11.

375パールは60ハドソンではない。それが375パールの改修の示唆かもしれない。

375パールからDCがすぐに姿を消すことは想像しづらい。アクシオムが構築しているネットワークは375パールも経由する。

だが375パールを利用するキャリアの数が60ハドソンより少ないのも事実だ。ハブはより大きなハブになりつつある。徐々にプレーヤー間の選別が進んでいるのかもしれない。

地下のケーブルは電話、電気、ガス、下水など先にあったインフラのルートをトレースしていることが多い。通信会社の拠点を利用したDCも多い。

21世紀のテクノロジーを追いかけると、1世紀前の産業のトポロジーが現れる。

それを漸進的な進化という人もいるだろう。だがすでにあるネットワークを上書きすることで、そのヒエラルキーはより固定化されてきているようにもみえる。

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