• ニューヨークのリズム

    私はニューヨークのタクシーが好きだ。 旅から帰ってきたとき、ニューヨークをまず実感できるのはタクシーに乗ったときだ。 セレブリティから観光客まで、タクシーはありとあらゆる種類の人を運んでいく。ドライバーはいろいろな話を耳にし、さまざまな光景に出くわすにちがいない。 あるドライバーは、乗客から聞いた話をほぼリアルタイムでツイートしている。 融通のきく仕事を求めてドライバーになったものの、運転席からみえるニューヨークの姿に魅了されて写真を撮り続けている人もいる。 タクシーのドライバーほど多くのストーリーを知っている人はいない。そして、タクシーのデータほどニューヨークについて多くのことを教えてくれるものはない。 1. 2014年1月、ニューヨーク市のタクシー・リムジン委員会は『2014 Taxicab Fact Book』(pdf) を発表した。タクシーのデータ集だ。 市内には13,437台のイエロー・キャブが走っている。1日の利用者数は60万人、乗車数は48.5万回にのぼる。 それぞれのタクシーは、1年におよそ7万マイル (11万キロ) を走る。世界を2.8周するのに等しい距離だ。 乗車の20%はマンハッタンの20ブロックに相当する1マイル (1.6キロ) 未満の短距離だ。1回の乗車で最も多い走行距離は1-1.5マイル (1.6-2.4キロ) だという。 2. タクシーの乗車数は、月曜日から週末に向けてゆっくりと増えていく。 ニューヨークはスロー・スターターだ。週の初めはエンジンがかかりづらい。 1日の中での利用状況をみてみると、乗車数は午前中に増えて、正午にかけて減少する。 なにかと気ぜわしいニューヨークの朝はタクシーの利用者が増える。 そして夕方から午後7時頃にかけて乗車数が大きく伸びていく。夜にむけて街もギアが変わるときだ。 平日の乗車数はこの時間帯から徐々に減っていくが、週末は午前0時にかけて乗車数が再び伸びる。 週末の夜は多くの人が外出し、自宅に向かう時間帯も遅くなりがちだ。 乗車数は明け方が最も落ち込む。「眠らない街」といわれるニューヨークにも少しの休息は必要なようだ。 3. 乗客の90%以上はマンハッタンで拾う。次に多いのはブルックリンだが、それでも全体の3.1%にすぎない。 ところが週末の真夜中すぎ (午前1時30分から2時30分の間) だけは、ブルックリンでの乗車数が跳ね上がる。 レポートはその理由にふれていないが、ウィリアムズバーグ近辺で遊んだ人たちが帰宅する時間帯なのだろう。 ウィリアムズバーグを横切る地下鉄のL線も、週末の真夜中すぎに乗車率が著しく高まることが報告されている。 10数年前に私が住んでいた頃には、ウィリアムズバーグにイエロー・キャブは走っていなかった。タクシーの走行の変化はニューヨークの変化そのものだ。 一方、クイーンズからの乗車は早朝 (午前4時30分から6時の間) にピークを迎える。 タクシー車両のガレージの多くがクイーンズのロング・アイランド・シティにある。 ドライバーのシフトの交替時間は、午前4-5時と午後4-5時に集中している。 明け方にシフトを替わったばかりのドライバーが、ガレージ近くで拾った乗客をマンハッタンまで乗せていくのだろう。 ロング・アイランド・シティに住むことの利点のひとつは、タクシーに苦労しないことだ。 4. データが示すタクシーのふるまいには著しい規則性がある。それはあたかもニューヨークが呼吸するリズムのようだ。 ニューヨークのいきづかいは、曜日や昼夜の周期に従うだけの単調なものではない。さまざまなイベントをのみこむようにして脈打つ。 大雨や大雪のときにはそのリズムは狂いがちだ。気象条件を予想することは難しい。 予想可能な変則もある。データによると、1年で最も多くタクシーが利用される日は、バレンタイン・デー近くの土曜日であることがわかっている。 バラの花を買ってディナーに行き、その後はタクシーで締めくくる。それがニューヨークのバレンタイン・デーだ。少なくともデータはそう告げている。 5. ニューヨーク市内のすべてのイエロー・キャブにはGPSが搭載されている。どの車両がいつ、どこを、どれぐらいのスピードで走ったのか、そのデータが常時記録されている。 都市のふるまいに関心がある者にとってはのどから手が出るほど欲しいデータ群だが、残念ながらオープンにされていない。 過去に、2008年11月から2009年10月までの間にイエロー・キャブが残したGPSデータが解析されたことがある。…