• 心地よい通りに人は集まる

    日本に一時帰国したときに、ニューヨークに住んでいた友人と東京で会うことになった。 せっかくなのでどこかに出かけようということになり、なにか面白そうなことはないかとさっそく探してみた。 彼女は携帯から、私はラップトップをみつめておよそ1時間。イベントや観光情報をいくつもみてみたが、どうも「コレ」といったものがみあたらない。 疲れきった彼女は、早々とあきらめを宣言するように言った。 「ニューヨークならこんなことないのに」—。 1. 観光ガイドのかたわらニューヨーク市内の探検を続けるモーゼス・ゲイツは、この街を知りつくしている人の1人だ。 そのゲイツは、ニューヨークの「とっておきのデートスポット」をたずねられて、「街を歩けばいい」と答えている。 ニューヨークで一番楽しいことをひとつだけ挙げろと言われたら、私は迷うことなく「街を歩くこと」だというだろう。 目的地はなくていい。ただ歩くだけで楽しめる街は少ない。ニューヨークはその数少ない都市のひとつだ。 2. マンハッタンのウェスト・ビレッジを歩いてみよう (右写真)。 ウェスト・ビレッジの小径は、歩いているだけで気分がいい。 2人で歩くのにふさわしい通りだ。少し休憩したいと思えば、気のきいたカフェやバーもある。 一方、ミッドタウンの8番街を「素敵な通り」と思いながら横切る人はそれほどいないはずだ (左写真)。 ある通りはほかの通りよりも、歩きやすく、心地よい。 ウェスト・ビレッジの小径と8番街の違いはどこにあるのだろう。 3. ジェフ・スペックは交通を専門とする都市のプランナーだ。 2012年11月に出版された『Walkable City』で、「歩きやすい通り」をさまざまな角度から検討している。 小さな通りは歩くのに適しているだけでなく、そこを「歩きたい」と思わせる。 ウェスト・ビレッジの通りは、幅がせまく、自動車も少ない。私たちがビレッジを「素敵」だと感じる理由のひとつはここにある。 ブロック (通りで囲まれた街区) も小さい方がいい。 1つのブロックの距離が長くなると、歩いていて単調になるし、そこに沿って走る通りも、広く大きくならざるをえない。 ブロックが長くなると、その通りは一定の比率で大きくなるという。 マンハッタン南部のロウワー・マンハッタンでは、平均的なブロックの長さは200フィート (約60メートル) しかない。欧州の都市とほぼ同じ長さだ。 ウェスト・ビレッジを含むダウンタウンが、歩くのに適していることを示している。 4. 楽しく歩くためには、なによりも歩行者の安全が確保されなければいけない。 歩道を歩く人を守る一番いい方法は、道路の両脇に自動車を縦列駐車することだとスペックはいう。 停めてある車が壁となって、歩道の歩行者を守ることになる。ガードレールもいらない。 たしかに車が停まっていない通りの歩道はガランとしていて、こころもとないものだ。 ニューヨークには、歩道にテーブルを出している「オープンカフェ」が多い。 目の前を自動車が猛スピードで走り抜けるオープンカフェに座りたい人はいない。 車が停まっているだけで、歩道の心地よさは、私たちが想像する以上にちがってくる。 歩行者にとって一番危険なのは、スピードを出している自動車だ。 どうやって自動車にスピードを落とさせるのかが、プランナーにとっては大きな課題だ。 道路脇に自動車を停めることによって、この問題も緩和される。 停めている車の間から、車道を横切ろうとして歩行者が車道に出てくることがある。 そのため自動車を運転する側が慎重になり、おのずとスピードを落とすようになるとスペックは指摘する。 もちろん、狭い通りではスピードも出せない。小さな通りが歩くのにふさわしいもうひとつの理由だ。 5. スペックのアプローチは、オランダの交通エンジニア、ハンス・モンデルマンの考えにもとづいている。 路上で事故や問題が起こったとしよう。再発防止策として、信号を新たに設置したり、横断禁止の規則を定めることが多い。 それは根本的に間違っているとモンデルマンは考える。問題があれば、なにかを追加するのではなく、逆にどんどん取り去ってしまうべきだ。 信号などの標識は通りからなくしてしまえばいい。標識がないと事故が多発すると思うかもしれないが、実際に試してみると事故は減るという。 モンデルマンは、車道と歩道の区別さえなくすことを主張する。 あらゆる境界をなくしてしまうと、そこに現れるのは「カオス」ではなく「協調」だというのが、経験から得た彼の考えだ。…