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つながるべきか、つながらざるべきか

世の中には「つくる人」と「広める人」がいる。 どちらがより多くの利益を手にしているんだろう。MITのセザール・イダルゴたちは、それは社会的ネットワークのあり方によって決まってくると考える。 世の中のすべての人を知っている人がいたとする。誰にでも直接売ることができる彼のような「つくる人」には、自分の商品を広めるためのミドルマンは必要ない。 誰もがたくさんつながっている社会は、能力のある個人がより報われる実力社会 (メリトクラシー) だ。 つながりが少ない世界では、多くの人に売るためには「広める人」に依存せざるをえない。つながりをもっていることの価値が高くなり、ミドルマンの利益が大きくなる。 そうした世界では、ネットワークのなかで占める位置 (トポロジー) によって、私たちが手にする利益が決まる。それを「トポクラシー」とよぼう。 1. イダルゴたちがとりくんだのは、実力社会とトポクラシーの境界線がどこにあるのかをみきわめることだ。 2014年1月に発表された研究報告によると、1百万人の社会が実力主義であるためには、その社会を構成するひとりひとりが平均で1千人とつながっている必要があるという。 平均で1千人以上とつながっていれば、つくる人がより利益を得る実力社会になる。 それ以下だとミドルマンがより多くの利益を得るトポクラシーになる。 同様に、3億人が住む米国が実力社会であるためには、米国に住む人たちは平均で17,320人とつながっている必要がある。 小さな社会では、誰もがお互いのことを知っている。 それぞれの貢献度に応じて利益をどう配分すればいいのかもわかるだろう。おのずと実力社会に近くなる。 ところが社会が大きくなると、すべての人を知っていることが難しくなる。そうした情報をミドルマンが独占することになり、彼らが手にする利益も大きくなる。 2. インターネットの世界をみればそれは明らかだ。 インターネットはミドルマンを駆逐し、私たちが直接やりとりすることを可能にするといわれた。 実際にはグーグルやフェイスブックなどの巨大なミドルマンが巨額の利益を得ている。 イダルゴたちが示唆するつながりと利益の関係を考えると、当然のことかもしれない。 システムが大きくなればなるほど、私たちに求められるつながりの数も増えていく。だが私たちが直接つながることができる数には限りがある。 その溝を埋めるのがネットワークの組織化だ。 私たちがウェブで情報を探すとき、無数に存在するサイトのひとつひとつをみていくわけにはいかない。そこで情報を整理する検索エンジンなどのツールが登場する。 ミドルマンが成長し、利益の多くを手にすることになるが、私たちも利便性を享受する。 それはグーグルやフェイスブックじゃなくてもよかっただろう。トラフィックが大きくなれば、なんらかのサービスがハブをコントロールするようになっていたはずだ。 3. ニューヨーク市には8百万人が住んでいる。 イダルゴたちのモデルによると、同市が実力社会であるためには、私は2,828人以上を個人的に知っていなければならない。 そこにミドルマンを1人加えてみよう。私は53人とつながるだけで、市内の全員にリーチできる。 2,828人とつながるよりも、ミドルマンを使った方がいいと思うのは私だけではないはずだ。 利益の一部をミドルマンに渡すことになるが、私はより多くの人に売ることができるようになるし、つながりを維持するためのコストもおさえることができる。 インターネットも都市も、サイズが大きくなるとミドルマンの利点が大きくなるようだ。 ネットワークは貨幣とどこか似ている。貨幣を用いない物々交換では、二者間の手に入れたいものが合致する「欲求の二重の一致」という奇跡が起きるのを待つしかない。 だが貨幣を媒介することで、売りと買いが切り離されて、さまざまな商品の交換が可能になる。そして、その貨幣には固有の問題があることも私たちは知っている。 4. 都市はさまざまな人が集まり、モノ、サービス、情報、アイデアをやりとりする、多元的な交換のプラットフォームだ。 … Continue reading

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