1/1000秒のジオグラフィー

金融の世界を描いたベストセラーで知られるマイケル・ルイスの新著『Flash Boys』が話題をよんでいる。

今回ルイスがとりあげたのは、1/1000秒 (ミリ秒: ms) 単位の高速でアルゴリズムがトレードを繰り返す高頻度取引 (HFT) だ。

金融市場ではわずか一瞬の時間の差が巨額の利益をもたらし、また巨額の損失にもなる。人間には感知すらできないスピードをコンピュータが争っている。

市場とHFTのあり方についてはほかの人たちにまかせておこう。HFTをめぐる競争が面白いのは、スピードの問題が場所の問題にすりかわっているところだ。

1.

金融取引の中心地シカゴから売買のオーダーを出すと、そのオーダーはケーブルを伝ってニューヨークに届く。

ニューヨークとシカゴの間の距離は720マイル (1158キロ)。高速の光ファイバーケーブルを利用しても、オーダーの受発注の間には数ミリ秒のレイテンシー (遅延) が発生する。

HFTにとって数ミリ秒は気が遠くなるような長い時間だ。少しでもロスを短縮したい。

通信会社が敷設したケーブルは鉄道の敷設権を利用しているため、シカゴ-ニューヨーク間の鉄道の路線に沿っている。

鉄道路線はピッツバーグなどの都市を結んでペンシルベニア州の南部を走り、ニュージャージー州で再び北上してニューヨークに至る。大きく蛇行していて効率的ではない。

シカゴからニューヨークまで可能なかぎり直線上にケーブルを敷設すると、鉄道沿いの敷設ルートよりも140マイル (225キロ) 距離を短縮し、レイテンシーも少なくできる。

スプレッド・ネットワークス社は、両都市間の直線上の通行権を買い上げて、そこに光ファイバーケーブルを敷設した。

1-chicago-newjersey_dec_2013Light両市場間のオーダー受発注を検証した研究によると、2010年4月時点で7.25-7.95msだったレイテンシーは、2010年8月時点には6.65msまで短縮している (片道ベース)。

同社は既存のルートの10数倍にあたる数百万ドルものケーブル使用料を課金しているという。それでも少しでもスピードに差をつけたいHFTにとっては利用する価値がある。

両市場間のレイテンシーは近々4.03msまで縮小すると予想されている。光はシカゴ-ニューヨーク間を3.93msで伝播する。ほぼ光の速さに達しつつある。

2.

2012年、ハイバーニア社はニューヨークとロンドンの間を結ぶ新しい光ファイバーケーブルの敷設にとりかかった。

漁船やサメの攻撃にあうことがあるため海底ケーブルは水深が浅いところを避けることが多いが、同社の海底ケーブルは浅いところを走る。ケーブルの距離短縮のためだ。

hibernia-transAroutes652x428ケーブルを鉄で何重にも保護し、必要なところでは砂に埋める。

そうすることで、それまでのニューヨーク-ロンドン間の最短距離よりも310マイル (498キロ) 短い距離で大西洋を横切ることができる。

こうして約3千マイル (4827キロ) を走る新しいケーブルが導入された。

ニューヨークとロンドン市場間のレイテンシーは、それまでの64.8msから59.6msにまで大幅に縮小し (往復ベース)、記録を更新した。

3.

ニューヨーク証券取引所 (NYSE) に出されたオーダーはNYSEのあるウォール街ではなく、NYSEのデータセンターがあるニュージャージー州へと向かう。

ここでもわずかな距離が大きな差を生む。少しでも取引所のサーバーの近いところに自社のサーバーを置いた方がいい。

NYSEやNASDAQのデータセンターの周りにはいくつものデータセンターのビジネスが参入し、ヘッジファンドなどにサーバースペースを貸している。

NYSEのデータセンターがあるニュージャージー州北部のマフアの賃料水準は、マンハッタンの主要オフィス街マディソン街のおよそ4倍にもなるという。

その高価な場所におさまるのはサーバーだけだ。

NYSEやNASDAQ自身も、自社のデータセンター内のスペースをコロケーション・サービスとして提供している。

ニュージャージー州のシーコーカスには多くのデータセンターがある。なかでも大手のエクイニクス社のデータセンターはアメフトのスタジアムが5個おさまる大きさだという。

シーコーカスは、NYSEのデータセンターがあるマフアとNASDAQのデータセンターのあるカータレットとの中間地点に位置している。シーコーカスにある理由はあきらかだ。

4.

リアルタイムの情報を高速で処理するニーズは増えている。金融市場は必ずしも例外ではない。

店舗内を歩いている人のスマートフォンに、いまその人の目の前の棚にある商品のクーポンを送りたい。

そうした場合にはリアルタイムで収集する大量のデータをアルゴリズムで解析し、他社よりも速くそのスマートフォンに届けることが必要だ。レイテンシーが大きな問題になる。

広告の「リアルタイム入札」は文字通り1/1000秒を競っている。

アマゾンは取り扱っている商品の価格を1日に250万回以上変更しているという。ウォルマートやベストバイの価格変更はひと月に5万 回のペースだ。

アマゾンの価格変更頻度は2014年までの12ヶ月で10倍に増えている。競合を常にモニターしつつ、競争力のある価格にアップデートするためだ。

ちょっとしたHFTのありさまだ。今後も価格変更の頻度は増えていくだろう。

5.

スピードを追求するのに一番いい方法は、すぐ隣にいることだ。ビジネスが求めるスピードが速くなればなるほど、物理的な場所のもつ優位性が高まる。

2010年にグーグルはマンハッタンにある建物を19億ドルで取得し、オフィスとして使っている。

地下に多くのケーブルが走る「8番街111番地」は、世界でも重要なネットワークの合流点のひとつだ。

グーグルは建物よりも場所を買ったといえる。

トライベッカの「ハドソン通hudsonり60番地」は、マンハッタンのネットワークにとってもうひとつの重要な場所だ。

大西洋を渡ってきたケーブルの多くがここに集まる。コロケーションの中心地として多くの通信ビジネスがこの建物に所在するのも当然だ。

ウォール街はこの建物から1キロも離れていない。

だが少しでもハブに近づこうと、ウォール街のビジネスはこの建物の近くにオフィスを借りて、トレード用コンピュータを設置している。

6.

ジャーナリストのアンドリュー・ブルームは『インターネットを探して』で、バーチャルと考えられがちなインターネットが物理的でローカルなインフラであることを強調する。

internet_speeds_nyc_map_largeケーブルがどんなルートを走り、データセンターがどこにあるのか。

それを追いかけていくと「インターネットのジオグラフィー」が浮かびあがる。

ゲームのルールがスピードに書きかえられつつあるビジネスは、そのジオグラフィーを追いかけることになる。

7.

ほかの都市も静観してはいない。

シカゴは北米で5番目に大きなデータセンター市場だ。GEの工場跡地を巨大なデータセンターにコンバートするなど、ネットワークのハブを指向する動きが活発だ。

ニューヨークとカリフォルニアという世界とつながる両海岸の中間地点に位置し、両者をケーブルで結ぶシカゴは「全米に対して最もレイテンシーが少ない場所」を謳う。

19-20世紀にかけて、シカゴは商品取引、輸送、製造業の中心地として発展した。全米へのアクセスを利用できるその「戦略的なロケーション」によるところが大きい。

同じことが今日のネットワークについてもいえるようだ。かつては鉄道でモノを運んだが、いまはケーブルが走りビットを運ぶ。

結局のところ都市はロケーションに規定されているようにもみえる。大都市はネットワークをコントロールすることでその地位を補強し、さらに大きく成長するばかりだろうか。

8.

ニューヨークやシカゴのような伝統的な都市だけがハブではない。世界で最もネットワークが交差する場所のひとつがバージニア州にあることはあまり知られていない。

ワシントン・ダレス空港の北、まわりにはこれといって何もないアッシュバーンには無数のケーブルが集まっている。

1998年、エクイニクス社はアッシュバーンに最初のデータセンターをつくった。

ashburnインターネット・サービス・プロバイダーのUUNetのすぐ北に位置する場所だった。

すると「バーガーキングがマクドナルドの向かいに開店するように」(ブルーム)、他社がそのまわりにデータセンターをつくり始めた。

間もなくアッシュバーンはデータセンターの集積地の様相をみせ始め、現在では50以上のデータセンターがひしめく、シカゴを上回るデータセンター市場になっている。

エクイニクス社が最初のデータセンターを構えたときには、アッシュバーンがハブにならなければならない必然性はなかったはずだ。

それは偶然が重なった結果なのかもしれない。とはいえデータセンターの集積地になったいま、そのジオグラフィーがこれから大きく変わる可能性は少ないだろう。

9.

都市には多くのビジネスが集中する。都市のなかの特定の場所には、特定のビジネスが集中している。

データセンターも特定の場所に集中する。アッシュバーンの出現は政府が指導したものではないし、青写真があったわけでもない。

ここでおなじみのあの疑問が浮かびあがってくる。「ビジネスの集中はなぜ、どのようにして生まれるんだろう」。

ネットワークのハブが形成されるさまを観察したブルームによると、それは「行き当たりばったりに形を変え、ゆるやかな構造が自発的で有機的な成長を見せはじめた」という。

かつて研究施設と才能のある人を集めれば産業クラスターが生まれると考えられ、世界中がそれを試みた。ブルームの指摘はそれとはずいぶんちがっている。

あらかじめそなわっている資源や条件よりも、むしろプレーヤー間のランダムなやりとりにカギがあるようにみえる。

10.

アッシュバーンはニューヨークやシカゴのような都市ではない。バージニア州ラウドン郡の一部の小さな国勢調査指定地域にすぎない。人口はおよそ4万人だ。

だがアッシュバーンには、どこか都市と似ているところがある。

アッシュバーンにはケーブルを伝ってあらゆるところから情報が集まり、そこからさまざまな場所に拡散されていく。データセンターを空港に喩える人は多い。

金融市場では売りと買いがマッチすることを「出あう」という。取引所はトレードを通じて知らない人たちが出会い、交換するところだ。

都市は世界中から人やモノが集まる、なにより交易の場所だ。扱うモノや方法はちがっても、そこではつねに交換を行っている。それはアッシュバーンも同じなのかもしれない。

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