ビッグ・データにできること、できないこと

地下鉄の駅にむかうときには、次の電車が何分後に到着するのかアプリでみてみよう。自動車を運転していれば、渋滞状況を確認したうえで道を選ぶ方がいい。

いたるところに設置されたカメラやセンサーが、地下鉄や道路など都市のインフラを常時モニターしている。

都市の多くの情報がリアルタイムで手に入るようになった。これで最善の意思決定と最適のプランニングが可能になるだろう。都市はもう間違うことはないはずだ。

1.

サンタフェ研究所のルイス・ベッテンコートは、2013年9月に発表した論文で、都市でのビッグ・データの利用について検討している。

subwayapp多くのデータが手に入ることで解決できる問題は多い。バスの運行がそのひとつだ。

どのバス停にどれだけの人が待っているのかなど、情報量によっておおむね解決できる問題だ。

だが、社会的問題や経済的問題を情報量で解決するのは難しい。

教育、住居、経済開発、貧困、持続可能性などがこれにあてはまる。

テクノロジーの発達によって、こうした問題が関係しているすべての詳細なデータ群を手に入れることは可能になるかもしれない。だがそれを解くのは不可能だろう。

2.

都市を数百万のコマから成る巨大なチェスと考えてみよう。

1百万人の都市で起こりうるありうるシナリオをすべて評価し、そのなかから最善のプランニングを選択するとする。

その計算は宇宙に存在する原子の数よりはるかに多い数のステップをたどることになる。データはそろっても、その実行は実質的に不可能だとベッテンコートはいう。

そして、人の意思決定や行動がチェスよりも複雑なのは言うまでもない。

インフラの問題は工学的なアプローチで解決できるだろう。だが、人の行動の連鎖から生じる社会的問題や経済的問題はそうはいかないというのがベッテンコートの指摘だ。

3.

この指摘はそれほど驚くべきことではない。

たとえば金融市場は昔から大量のデータを扱ってきた。世界で最も優秀な頭脳をかき集めてアルゴリズムの開発が行われている分野でもある。

都市に比べると、金融市場はずいぶん単純だ。

サヤ取りという単一の目的のもとに集まった人たちがとる行動は、基本的に買うか売るかだ。

それにもかかわらず、不特定多数の人たちが繰り返す行動から派生する市場のふるまいは、物理学から駆り出された頭脳でも予測することができない。

まったく異なる考えの人たちが、それぞれ独自のルールに従い、独自の目的を追いかける都市のふるまいを予測することの難しさは、市場のそれをはるかに上回る。

4.

都市を総体的に把握したうえでコントロールしようという発想は新しいものではない。「都市をつくる」という考えが生まれた19世紀から追い求めてきたものだ。

交通、エネルギー、土地利用、住居などを統一したひとつのシステムとして一元的に掌握したうえで最適解を解くやり方は、「包括的プランニング」として知られている。

その考えは1980年代にはプランニングの表舞台から退いた。情報と意思決定を中央のプランナーに集中させること、その実行が難しいことが批判を浴びた。

テクノロジーは加速度的に発達している。ビッグ・データの到来したいま、プランナーの夢が叶うと考えた人もいるかもしれないが、どうもそれは難しいようだ。

5.

ビッグ・データは都市の社会的問題や経済的問題に答えを出すことはできない。だが心配はいらない。都市には別のソリューションがある。

都市の住民やビジネスに関する情報は、そこに住む人びとやビジネス自身が一番豊富にもっている。都市のよりよい意思決定を最も必要としているのも彼らだ。

都市は「自己組織化」のプロセスだ。それはマスタープランを必要としない。

たとえば鳥はリーダーがいないにもかかわらず、群れのパターンを形成して飛ぶ。自己組織化のひとつの例だ。

都市においても、プランナーよりも住民やビジネス自身が直接互いに調整を行い、意思決定をする方がうまくいく。

6.

限られた情報をもつ人たちが局所的な作用を繰り返すことで、複雑なふるまいを生み出す現象は、都市で多く観察されている。

私たちが「イノベーション」とよんでいるものもそのひとつかもしれない。同時にそれは交通渋滞のような、ありがたくない現象も引き起こす。

交通渋滞の多くは、事故や道路の不足によって起こるわけではない。

前の車がブレーキを踏めば、私もブレーキを踏み、後ろの車もブレーキを踏む。

だが、前の車のブレーキと完全に同時にブレーキを踏むことはできない。

反応が一瞬遅れることで、私はブレーキを少し強く踏み、後ろの車は私よりもう少し強くブレーキを踏む必要があるだろう。

この連鎖がスピードを落とし、車間距離を縮めることになる。全体が部分の総和に等しければ、みんながブレーキを踏んでも渋滞は起こらない。

交通渋滞はインフラの問題だと考えがちだ。だがそれを引き起こしているのは、物理的な環境よりも、むしろ不特定多数の人たちの間の相互作用だ。

7.

都市の問題をそこに住む人たちやビジネスの手に委ねて解決するには、適切な情報のフィードが不可欠だ。ベッテンコートによると、ビッグ・データの役割はここにある。

nycopendataソリューションを指示するのではなく、人びとの間での調整や学習をサポートすることが、都市におけるビッグ・データの役割だ。

ニューヨーク市は、地下鉄から住居まで、市に関する大量のデータ群を公開している。

工学的に手に負えない問題も、都市そのものがもつ潜在力を利用することで解決できる。

情報を中心に都市を構築しようとする試みを「スマート・シティ」とよぶこともあるが、都市はそれ自体スマートだということを思い出そう。

8.

インプットの量に伴って指数関数的にスケールするアルゴリズムは技術的に手に負えなくなるとベッテンコートはいう。

ニューヨーク市には8百万人以上が住んでいる。1百万人で天文学的な数字にのぼる組み合わせの数がこの街でどれぐらいのものになるのか、それを表現する言葉を私は知らない。

地理学者のセス・スピールマンは、彼の都市モデルに変数を少しでも増やすと、ふるまいが複雑になりすぎて何が起こっているのか全くわからなくなると私に言った。

ベッテンコートの共同研究者でもあるサンタフェ研究所の物理学者ジェフリー・ウェストは、都市における現象が人口に従ってスケールすることを発見している。

イノベーションや渋滞などを生み出す都市のふるまいは、どうやら「サイズ」に関係しているようだ。

それは、人口が少しでも多くなると、データ群の計算が爆発的に複雑になり、都市の最適解を解く可能性が急激に少なくなることを意味している。

あいにく都市人口はこれからさらに多くなることが予想されている。そして今後都市がより複雑になっていくのは間違いない。

9.

物理学から都市の問題に挑むベッテンコートのように、より多くの科学者が都市の究明にとりくむようになってきた。

それにもかかわらずソリューションをはじきだすことができないのなら、結局のところアルゴリズムやモデルは無用なものなのだろうか。

モデルの役割について考えるとき、私がいつも思い出す話がある。

コロンビア大学でパラメトリック・デザインを教える友人の長谷川徹が、学生たちを連れて大阪大学の石黒浩研究室を訪ねたときのことを話してくれたことがある。

ロボット工学で知られる石黒はこういったそうだ。「人間がしていることをどんどんロボットにさせてみよう、その結果人間には何が残るだろうか」—。

石黒にとって、ロボットをつくることは人間の研究だ。

都市についても同じことがいえるのかもしれない。実際の都市のふるまいに少しでも近づくように、よりよいモデルをつくり続けよう。

そしてモデルをぎりぎりまで追いつめたとき、そこからはみだしてくるものが「都市の正体」なのかもしれない。

その都市の正体は、ときには私たちを結びつけ、ときには離散させもする、人びとをさまざまなやり方で媒介するはたらきのことじゃないかと私は思っている。

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