「マンハッタン化」のプランニング

マンハッタンのダウンタウンを歩いていると、自転車に乗っているデヴィッド・バーンを見かけることがある。

1970年代に英国から引っ越してきた彼もすっかり白髪だ。音楽にかぎらず彼の影響力はいまも大きい。ニューヨークのアイコンといえる人物の1人だ。

そのバーンが、長年住んでいるニューヨークを離れるかもしれないと公言している。

1.

2013年10月7日付のガーディアン紙に寄稿したバーンは、ニューヨークは香港やアブダビのようになってしまったと嘆いた。

byrneもっと清潔で効率的、快適な都市が世界にはいくつもあるはずなのに、人はなぜニューヨークにやってくるのだろうと彼は問う。

ニューヨークにはさまざまなインスピレーションや出会いの可能性がある。それを求めて人はニューヨークにやってくる。

ニューヨークは「ファンキー」で「セックスのにおいがする」とバーンはいう。

ニューヨークは安全な街になり、インフラは劇的に改善した。

犯罪に満ちた昔のニューヨークを美化するつもりはない。だが、ニューヨークは上位「1%」のためだけの街でもない。

いま以上に、新しい才能がやっていけない場所になるとしたら、私はニューヨークを去るだろうとバーンは意見をしめくくっている。

2.

バーンの懸念に応答するように、ほぼ1週間後の10月13日には、ハーバード大学のエドワード・グレイサーによる寄稿があった。

ニューヨークの格差拡大はglaeser悲観すべきことではない。

それはニューヨークの危機どころか、むしろ成功を示しているとグレイサーはいう。

ニューヨークには金融市場、すぐれた公共交通機関網 、移民のコミュニティ、社会サービスが存在する。

こうした「資産」が、豊かな者だけでなく、貧しい者もひきよせる。

誰もが自分にとって有利な場所を選び、住むはずだ。

ニューヨークにはより多くのチャンスがある。だから貧しい者も集まってくるとグレイサーは論じる。

3.

グレイサーはリバタリアンのエコノミストだ。恣意的な介入を行う「福祉型都市」は間違った選択肢だという彼の議論には説得力がある。

ニューヨークでは家賃など住居コストが高騰している。

市が土地利用を規制していることが住居の新規供給を妨げていると指摘し、高層化に反対したジェーン・ジェイコブスを一蹴するさまは清々しい。

リサ・プレヴォストの『Snob Zoning』は、いくつかの実際のケースにもとづいてゾー二ングの弊害を明らかにしたスタディだ。

ゾーニングが不動産価格をつりあげ、有色人種や移民などの「望ましくない人びと」を排除している。

すでにそこに住んでいる人たちの利益と同質性を確保するためのツールがゾーニングだとプレヴォストは指摘する。

グレイサーも同様の議論を展開する。都市の格差が気に食わないなら郊外に行けばいい。郊外は規制がつくりだした、いびつに同質的で平等な場所だ。

4.

ビジネス・インサイダー誌の編集者を務めるジョシュ・バローは、財政や政治への独自の意見で人気がある。明晰さと雄弁に恵まれた彼のことは、私も以前から注目している。

マンハッタンのアッパー・ウェスト・サイドには、あるコンドミニアムの建設が予定されている。そのコンドミニアムには入口が2つあるそうだ。

1つは市場価格で部屋を買った住人向けで、もうひとつの入口は、プロジェクトの条件として義務づけられた低所得者向けの部屋の住人専用だ。

低所得者向けの部屋はタワーの下の階に集中し、ハドソン・リバーの眺めは上階に住む市場価格で買った人たちが占有する。

ニューヨークの格差を象徴するような「貧民専用入口」の設置を、リバタリアンの立場からバローは擁護している。

高額の部屋を買う人と低所得者が、同じ贅沢な部屋に、同じように暮らす必要はない。バローらしい明快な議論だ。

「貧民専用入口」に憤慨するのはおかしい。憤慨すべきなのは、低所得者向けの部屋を同じ建物内につくることを命じる規制の方だ。

どうやらリバタリアンにとっては、格差も多様性のひとつのようだ。

5.

財政政策研究所報告によると、ニューヨーク市内の格差はアフリカのスワジランド王国並みに達している。

ニューヨーカー誌は、都市を世界で最も裕福な人たちのための遊び場にするのが「マンハッタン化」の新しい意味だと定義した。

格差は古代から都市につきものだったとグレイサーはいう。格差そのものは問題ではない。

低所得者の住宅が必要なら、規制さえなければ、低価格の住居を提供するビジネスが出てくるはずだ。

本当の問題は規制にある。市場に委ねることで、解決法はおのずと生まれる。

だが、そこには格差とは異なる問題がある。

たとえば「貧民用入口」のあるコンドミニアムでは、同じ建物に住んでいても上階と下階の住民はすれ違うことさえない。

超格安の交通機関のニーズがあればそれを始めるビジネスが出てくるだろう。地下鉄の路線を富裕層と貧民で分けると選択肢は多様化するが、利用者間での棲み分けが広がる。

どんなに異なる背景の人びとがひとつの都市に住んでいても、その中で似た者同士の世界をつくって住むのなら、それはグレイサーがいう「郊外」と同じだ。

6.

ニューヨークの格差は目新しい話ではない。45百万ドルの純資産をもち、自ら「1%」に属するバーンの懸念は、必ずしも格差そのものにはないはずだ。

「ニューヨークはセックスのにおいがする」といったとき、バーンは科学ジャーナリストのマット・リドレーを示唆していたにちがいない。

リドレーはその著書『Rational Optimist』で、さまざまなアイデアが交わり合うことによって新しいアイデアが生まれることを「アイデアのセックス」とよんだ。

「相互作用やインスピレーションの可能性を求めて人はニューヨークにやってくる」とバーンがいうように、異なる人たちが同じ場所を行き交うのがニューヨークだ。

地下鉄がすぐれているのは、快適さや効率性ではない。

ブルームバーグ市長から昨日ニューヨークにやってきた外国人まで、見知らぬ人たちが、一定の時間同じ場所を共有するのが公共交通機関だ。

ニューヨークの地下鉄以上の「コワーキング・スペース」を私は知らない。

世界中からニューヨークに人が集まってくるとグレイサーはいう。だが、その多様な人たちがどのように相互作用するのか彼は言及しない。

「人と資源がそろった、あとはうまくいくはずだ」—。それはいかにもエコノミストらしい発想だ。

7.

第2のシリコンバレーをつくることを世界中が試みてきた。

クラスターにその秘訣があると考えられて、多くの地域でサイエンス・パークが建設されたが、そのほとんどが失敗している。

インフラを整備して人を投入すれば、イノベーションが生まれると考えられていた。それがなぜ失敗したのか、そこになにが欠けていたのか、その議論は今日も続いている。

香港やアブダビには美術館はあってもカルチャーがないとバーンはいう。美術館はつくることができるが、カルチャーをつくることはできない。

グレイサーが賞賛するニューヨークがもつ「資産」は、バーンがいう「美術館」のことだろうか、それとも「カルチャー」のことだろうかと私は考えている。

Advertisements
This entry was posted in Uncategorized and tagged , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , . Bookmark the permalink.

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s