ファースト・ムーバーの経済学

人気のレストランの話をしていると、「あの店はもうダメだよ」と口をはさむ人がいる。

オープンした頃はよかったが、人気店になりすぎた。おかげで今はすっかり違う店になってしまった。大体そんな話だ。

彼の話を真に受けることはない。彼が言いたいのはレストランのことではなく、「自分はニューヨークを知っている」ということなのだから。

ニューヨークにはそんな人がたくさんいる。レストランやバーの話に限らない。ニューヨーカーはいつも「次のスポット」を嗅ぎ回っている。

1.

ニューヨークに住む人なら、アート・ギャラリーが街の真ん中の繁華街にはオープンしないことを知っている。

アーチストは何もない殺伐とした地域に住んでいることが多い。そんな地域を「ボヘミアン」と表現する人もいるだろう。ギャラリーはそうしたところにオープンする。

ところが2011年に発表されたある論文が、それに反論を試みている。

その論文は、1970年から2003年までの間にマンハッタンに存在したギャラリーをデータベース化し、その地理的分布を観察した。

その結果、ギャラリーは「ボヘミアン」どころか、家賃が高く、高所得者が住む「ブルジョワ」の地域に多いことがわかったという。

2.

manhattanマンハッタンでギャラリーが集中しているのは、ソーホー、チェルシー、そしてアッパー・イースト・サイドだ。

これらの地域は、ほかの地域と比べて、平均で335ドル家賃が高く、世帯所得も41千ドル高い。そして高学歴者が多い。

ギャラリーのロケーションは、むしろラグジュアリーな小売店に似ていると論文は結論づけている。

論文に利用したデータ群が添付されていないため検証することが難しいが、どうやらこの論文には時間軸に混乱があるようだ。

どれだけのギャラリーがどこにあったのかは重要な情報だ。だが、より洞察を与えてくれるのは、「いつの時点」で、「どんなギャラリー」がオープンしたのかだ。

manhattan2人が住むところではなかった1970年代のソーホーにオープンしたギャラリーもある。

その頃のソーホーはボヘミアンだったはずだ。

だが、ギャラリーが多くオープンしたのは、ソーホーがアートの場所として認知された、ずっと後のことだろう。

多くのギャラリーが後を追う頃には、一帯の家賃は高くなり、住民も入れ替わりつつあったに違いない。

現在の家賃や住民の所得水準をみれば、ギャラリーが多いエリアは間違いなくブルジョワだ。

3.

ハイエンドのショップも、必ずしも裕福なエリアにオープンするわけではない。

2000年頃のハワード通りは、倉庫と中国系の商店がわずかにあるだけの陰気な通りだった。

チャイナタウンの西から東西に走る短い通りは、昼間でも薄暗い。数ブロック北のソーホーの中心とは大きな違いだ。

オープニング・セレモニーは、2002年の9月にハワード通りの33番地にオープンした。

独自のブランド選定とコラボレーションがもたらした、その後の成功は誰もが知っている。

オープニング・セレモニーの成功を追うように、2008年にジル・サンダーのショップが斜向いにオープンした。

2009年にはハワード通りと交差するクロスビー通りにデレク・ラムの最初のショップが、彼の最初の顧客だという妹島和世のSANAAによるデザインでオープンする。

2011年にはラムのショップの向かいに高層のモンドリアン・ホテルが続いた。ここ数年はセレブリティも引越してきている。カフェなどの飲食店もオープンした。

ハワード通りとクロスビー通りが交差する一帯の建物はすべて、一階を店舗向けに改築した。ファッションとはほど遠い一角が、この10年で急速に変わっている。

4.

同業のショップが特定の地域に集中すると、競争を招くように思うかもしれない。だが、互いに近くにいることには利点がある。

howardmap3オープニング・セレモニーの近くには、彼らとのコレボレーションでもおなじみのアレキサンダー・ワンのスタジオがある。

ワンを売り出したショールームも2ブロックほど先の距離だ。

オープニング・セレモニーの創業者はアジア系の2人組だ。ワンやラムなど彼らの友人のデザイナーたちにもアジア系が多い。

オープニング・セレモニーのショールームは、ショップの近くのセンター通りにある。

都合のいいことに、ショールームの1階はチャイニーズ・レストランだ。さまざまな相談や話をするのにうってつけなのだろう、彼らがよく利用するところだ。

同業の集中は、競争よりもむしろコラボレーションの形態と考えた方がいい。

「集積の経済」が働くのは、金融やテクノロジーの世界だけではない。ファッションやギャラリーも同じだ。

5.

ハワード通りからブロードoldnavyウェイに出て少し北に行くと、ソーホーの中心地になる。

ソーホーを南北に貫くブロードウェイ沿いには、オールド・ネイビー、ユニクロ、フォーエバー21など、ファースト・ファッションの大型店舗がひしめいている。

ファースト・ファッションはファースト・ファッション同士で集まる。ラグジュアリー・ブランドと隣合わせになることはまずない。

クラスターの中にもクラスターがある。ショップの地理的な分布は、あたかもブランドのポジショニングを示すマップのようだ。

6.

ハワード通りのように、あるショップがオープンしたり、特定の人たちが住み始めることによって、そのエリアが一変することがある。

未開発のエリアに最初に踏み込む「ファースト・ムーバー」は、誰にでもなれるわけではない。ファースト・ムーバーは必ず、エッジーで、新しいものをつくる人たちだ。

ocまわりに何もないところにショップをオープンしても、誰も来ないかもしれないリスクがある。

だが、新しいエリアに最初にとびこむことで、比較的安い家賃にありつくこともできるだろう。

それと対照的なのはソーホーの中心地だ。

かつてのアーティスティックな空気はもうないし、ニューヨークをよく知っている人が遊ぶ場所ではない。

とはいえ小売店にとって、多くの観光客が集まるソーホーは大きなビジネス・チャンスに違いない。

ソーホーの一等地の家賃は高いが、すでに確立された場所の認知度やイメージを利用することができる。新しい場所を開拓するリスクを負う必要はない。

オープニング・セレモニーがオープンして10年以上経過した。

どうやらハワード通りとクロスビー通りは軌道に乗ったようだ。この一角のブランド力を求めて、これからさらにビジネスが集まってくるだろう。

そして、ファースト・ムーバーたちが新しいエリアを求めて、クロスビー通りを離れる日も遠くないのかもしれない。

ニューヨーカーが「あのレストランはもうダメだ」と言うように。

7.

伝統的なロケーション理論は、企業が利益を最大化することで、自ずとロケーションが決まるかのように主張する。

経済性を追求すれば、あたかも水が高いところから低いところに流れるように、ビジネスは動くはずだと考えたいのだろう。

もしそうであれば、企業誘致のための補助金といった政策も有効なはずだ。

だが、実際には、ビジネスは他社の動きをみながら、互いをひきよせあうようにしてロケーションを決める。

オープニング・セレモニーの創業に関わった中心人物の1人は私の知人だが、補助金を得るためにハワード通りに決めたとは聞いていない。

街の一角に変化をもたらすのは個人やビジネスだ。市は新しいビジネスをつくったり、変化をつくりだすことはできない。

変化のパターンが明らかになってきたとき、市はそこにレバレッジをかける。多くの場合ゾーニングの変更だ。過去30年間、ニューヨーク市はそうしてきた。

8.

2013年末にドーバー・ストリート・マーケットがニューヨークにオープンする。

レキシントン・アベニューと30丁目の角にオープンするという話を聞いたとき、私は耳を疑った。

テイクアウトのインド料理店がひしめく、殺風景なエリアだからだ。

普通に考えて、ハイエンドのファッションがオープンするところではない。

もっとも、ドーバー・ストリート・マーケットを率いる川久保玲はこれまでに何度もニューヨークでショップをオープンしている。

1983年にまだ何もないソーホーにショップをオープンし、1999年という早いタイミングでチェルシーにオープンした。彼女はファースト・ムーバーの先駆者だ。

わかるものか。10年後に私たちは耳を疑うかもしれない。レキシントン・アベニューにインド料理店なんてあったのかと。

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