地下鉄のゲーム理論

It sucks, but it works (最低だけど、機能はしている)」—。

ニューヨークの地下鉄を表現するのに、これ以上ふさわしい言葉はない。人を運ぶ機能は果たしているものの、快適というにはほど遠い。

インフラは古く、夏のプラットホームは耐えがたく暑い。予告なく停車駅を変更する「即興運転」に乗り合わせてしまったら、運が悪かったと思ってあきらめよう。

1.

2012年2月21日から3月13日までの間、研究者たちがニューヨーク市内を走る60本の地下鉄に乗りこんだ。

地下鉄の車内レイアウトを改善するための事前調査だ。「最低の地下鉄」が少しでもよくなるのは、ありがたい。

研究者たちは、乗客がどんなときにどこに座り、どの場所に立っているのかについて、データを収集した。

米国交通輸送調査委員会 (TRB) は、2013年4月にその調査結果を発表している。それによると、ニューヨークの人たちは:

  • ドア近くの席を好み
  • 横に並んだ席では窓側の席を好む
  • 進行方向に向かって前向きと後ろ向きの席では、好みの差はほとんどない

SeatChart

一方、車内で立っている乗客は:

  • ドア近くの場所を好み
  • 車内が混んでくると、立っているのは女性よりも男性が多くなる

いずれも私たちがよく知っている、ニューヨークの地下鉄での乗客のふるまいだ。

2.

人がどんな場所を好み、どんなところに座るのかを観察した例は少なくない。

whyte1都市での人のふるまいといえば、社会学者のウィリアム・ホワイトの研究が有名だ。

1980年に、ホワイトは「The Social Life of Small Urban Spaces」というドキュメンタリーを残している。

ニューヨークを中心に街角で撮影した人びとを示しながら、以下のような人のふるまいのパターンを明らかにした:

  • 人は太陽の方にむかって座る
  • 人は座れるところがあれば (イスでなくても) 座る
  • 移動できるイスの場合、頻繁にイスを移動させる
  • 人をひきつけるのは人 (人が街角で一番していることはほかの人の観察)

whyte2ジェーン・ジェイコブスがホワイトから大きな影響を受けているのは不思議ではない。

独自の示唆に富むホワイトの研究は魅力的だが、私には不満もある。

ホワイトが記述した人びとのふるまいは、オープン・スペースなど物理的環境への反応だ。

人と人が接触する動学についてはほとんど言及していない。社会学の限界だろうか。

3.

TRBの地下鉄のレポートにもどってみよう。

同レポートによると、ニューヨークの人たちは地下鉄の中で席をよく変える。

車内に乗りこんだ乗客は、まっすぐに「良い席」に向かって、そこに落ち着くわけではない。「最低の地下鉄」のなかで、より快適な場所を求めて車内を移動する。

Seating2

地下鉄に乗りこんだ私は、私の好きな席が空いているのを見て、そこに座る。

そのせいで、私が隣に座った乗客は窮屈な思いをするだろう。さっきまで彼女にとって快適だった席はもう快適とはいえない。

その結果、彼女はもっとよい席を求めて車内を移動する。そして、彼女が移動した先にいた別の乗客の快適度がまた変わる。

地下鉄の中で、私たちはつねに干渉し合い、相互作用をおよぼし合っている。

残念ながら、TRBのレポートはこうした乗客間の作用をモデル化していない。車内レイアウトの改善という調査目的には必要ないのだろう。

それなら私たちが、モデルについて少し考えてみよう。

4.

地下鉄内での快適度 (=利得) を高めるために、私たちはそれぞれの戦略を実行する。

Seating3

利得とコストはつねに背中合わせだ。

より快適な席に移動する途中で、狙った席が別の人にとられてしまうかもしれない。そして元の席も誰かにとられるかもしれない。

コストをおさえつつ利得を高めるのが、最善の戦略になる。

私の最善の戦略は、他の乗客の戦略に変更を迫る。乗客がそれぞれの戦略を展開することで、車内の状態は変化を続ける。

電車が次の駅に到着すると、人が降りるとともに、別の人たちが乗ってくる。乗客はふたたび戦略を考え直すことになるだろう。

5.

乗客のふるまいは、個人的な利得のみによって決まるわけではない。

利己主義の街ニューヨークでも、お年寄りに席を譲る人は多い。TRBのレポートによると、子供はほぼ確実に席に座ることができるという。

ニューヨークの男性の多くは、女性に席を譲る。混雑時に立っている男性が多いという調査結果は、ニューヨークの男性が「いいところ」をみせようとしているためだ。

私たちが住む世界には、さまざまな「社会的コード」が組み込まれている。

その多くは明文化されていないが、複雑に階層化されたコードを私たちは熟知している。コードにもとづいて行動することが多いが、必ずしもそれに従うわけではない。

ニューヨークでは目が合うとスマイルを交わすのが、一般的な社会的ふるまいだ。

美しい女性と目が合って微笑みかけたにもかかわらず、彼女が明らかに無視したとしたら、それは残念なメッセージだ。コードの無視は強いメッセージを伝える。

Door人相の悪い男の目は見ない方が身のためだ。コードに従わない方がいいこともある。

立っている乗客がドア近くの場所を好むのは、ほかの乗客との無用なアイコンタクトを避けるためだろうとTRBのレポートは指摘している。

子供には優先的に席を譲る人が多い。だが、急病人がいたら、子供よりも優先される。コードの階層の組み替えだ。

6.

状況に応じて、コードを上書きし、ときには無視をする。驚くほど複雑なコードの使い分けや組み替えを、私たちは瞬時のうちに行っている。

社会的コードと自分の利得のためのコード (= 戦略)。この2つのコードは相容れないようにみえるかもしれない。

進化ゲーム理論は、ゲームを繰り返す過程でプレーヤーが相手の戦略を学習し、それに応じて自分の戦略を変えるモデルを検討している。

利得を高めるのに有利な戦略のひとつは、相手の戦略をマネする「しっぺ返し」だ。相手が協調すれば協調する。裏切れば裏切る。

このゲームでは、自分のコードだけを追い求める人は、長期的に大きなコストを背負うことになる。自分の戦略が自分にはねかえってくるためだ。

「競争」と「協調」は必ずしも相反しない。毎日の地下鉄のゲームで、私たちはそのことを知っている。

近年都市が注目されている背景には、多くの人たちが行き交い、相互作用する、都市に固有の利点が解明されはじめたことがある。

その相互作用とは、この2つのコードの相互作用のことだと私は思っている。

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