クールなニューヨークのつくり方

都市はクールでなければならない」—。

今日の都市をリードするのは才能だ。ブルームバーグ市長のような都市を運営する者にとって、才能ある人たちを集めることはもっとも重要な使命といっていい。

都市の魅力は数字だけではわからない。「ブルックリンをみろ」と同市長は言う。人びとはクールな場所を求めてやってくる。

なるほどその通りだ。クールじゃないニューヨークに私も住みたいとは思わない。

1.

1980年代の終わり頃から、ブルックリンのウィリアムズバーグにアーチストたちが住み始めた。「クールなブルックリン」のはじまりだ。

彼らは使われなくなった工場や倉庫を制作のためのスタジオとして利用し、そこでパーティーを繰り返した。

噂が噂をよび、2000年代にはアーチストだけではなく、より多くの人が集まるエリアになっていった。追いかけるようにバーやブティックもオープンした。ZoningChange

2006年にはゾーニングが変更されたことで、コンドミニアムの建設が今も続いている。

アーチストが住み始めたところは望ましい地域になるという考えが定着し、アーチストを「経済開発のツール」と考える人さえいる。

だがこの「モデル」も、ニューヨークでは過去のものになったようだ。

2.

マンハッタンのバワリーでは、セレクトショップ、バーやレストランが相次いでオープンし始めた。いくぶん場違いなコンドミニアムも建ち始めている。

バワリーは厨房器具を扱う金物店やホームレスのシェルターで知られているが、昔からアーチストも多く住んでいた。

ウィリアム・バロウズがタイプライターをたたき続けた「ザ・バンカー」は、バワリーの222番地にある。

bowery私の知人のアーチストも、最近までバワリーにスタジオをもっていた。

5階建ての一棟全てが廉価でリースされていたが、賃貸住宅にするという理由で彼はスタジオを失った。

そこから角を曲がってすぐのところには、ミュージシャンの知人がスタジオを兼ねた巨大なロフトに住んでいる。

彼によると、その建物の将来も怪しいらしい。

3.

「廃棄された工場を放置しておこう。10-20年後にはクールなエリアになっているだろう」。そんな暢気なことを言う市長は支持されない。

データ主導の手腕で知られ、ひときわマイクロマネジメントの好きなブルームバーグ市長が受けいれるはずがない。

そもそもソーホーもウィリアムズバーグも、アーチストは自分の制作の場所が必要でそこに住みついただけだ。VisitorSpending

その場所をクールにしようと思って引っ越したわけではない。

アーチストに将来を託して結果をただ待つよりも、高付加価値でクールなテナントを招き入れた方が、より現実的で即効性がある。

とりわけ観光客のよびこみに熱心なブルームバーグ市長にとっては魅力的なやり方に違いない。

ニューヨーク市を訪れる人の数は増え続けている。2012年には過去最高の52百万人を記録した。

彼らが市内で使った369億ドルのなかでも、ショッピングと飲食は大きな比率を占める。

4.

「ニューヨークはもう何かをつくるところじゃない。つくったものをもってくるところだ」—。

1970年代の終わりからニューヨークに住んでいる建築家の友人が、ずいぶん前に私にそう言った。

つくるための環境はどんどん悪化している。私の友人たちを含め、そこそこ名の知れたアーチストでも制作する場所がない。

その一方で、アートショーやエンターテインメントのイベントなど、作品をみせる機会は増え続けている。

各種展示会やカンファランスの数も増えていて、いまや一大産業を形成しているニューヨークが「ショールーム化」しつつあっても不思議ではない。

5.

巷では「NoMad (ノマド)」というエリアが流行っているそうだ。

マンハッタンのマジソン・スクエア・パークの北 (North of Madison Square Park) に、エース・ホテルが2010年にオープンした。多くのショップやホテルがそれに続いた。

エース・ホテルがすべてを変えた、その前は何もないひどい場所だった」という人もいる。

たしかに殺風景な店舗が続くその周辺にクールなブティックはなかった。

だが、衣料製造にかかわるスモールビジネスは多く存在する。

ローカルのビジネスから新しいものが自律的に生まれてくるのを待つよりも、すでに出来上がったものをもってくる方がいいのだろう。

「つくる街」から「みせる街」へのシフトがここにもうかがえる。

6.

ニューヨークのカルチャーの多くは、アンダーグラウンドから生まれている。

キング通りにあった「パラダイス・ガラージ」は、1980年代にガラージという新しい音楽を生み出し、ニューヨークのゲイ・カルチャーを形成した。

いまや伝説として伝え聞くしかない私たちは、どんなに盛大なパーティーだったのだろうと思うが、実際には厳密な会員制で、徹底してアンダーグラウンドだったという。

ニューヨークを拠点として世界中でイベントを行っている友人は、ニューヨークのカルチャー・シーンがグラスルーツであることをいつも強調する。

一部の人たちの間での流行が徐々に臨界点に近づき、ある時点で爆発的に広まっていく。

ウィリアムズバーグに人が集まってきたのもこれと似ている。

市が導いたわけではない。グラスルーツの動きがある地点に達したときに、市がそれを利用したのだ。

7.

もっとも、それも昔の話だ。

今日のニューヨークのカルチャーやビジネスは、グラスルーツよりも、「媒介」や「仕組み」を経て生まれることが多くなっているようにみえる。

ファッションの世界にもインキュベーションが導入されている。

キックスターターをみれば、マッチングが組織化されているのは明らかだ。あちこちで組織されているミートアップはいうまでもない。

バンドのメンバーが足りなければ、ミュージシャンの相手を探すサイトをみればいい (Bandmix)。

ブルックリン・フリーが2011年に始めたフード・マーケットのモーガスバーグが人気を集めている。

ニューヨーク市経済開発公社がサポートするスモーガスバーグは、ビジネス的観点から規定された判断基準をもとに、マーケットに出すベンダーを厳しく審査している。

8.

ボトムアップの相互作用から生まれる「創発」現象では、ほんのちょっとした偶然が、システム全体がたどる経路や結果に決定的な影響を与えうることがわかっている。

1970-80年代のニューヨークは、街角での偶然の出会いから、新しいファッションやアート、音楽が始まったというエピソードにあふれている。

だが、そうした「出会い」は必ずしも望ましい結果をもたらすわけではない。それらのエピソードが今日まで語り継がれているのは、そのアーチストが結果的に成功したからだ。

「都市はクールでなければならない」というブルームバーグ市長は、「都市は管理されていなければならない」ともいう。

ニューヨークの将来を、偶然やコントロール不可能な創発に委ねるわけにはいかない。クールもコントロールできなければならない。

アートやカルチャーはもう「ストリート」で発見されるものじゃない。それは「組み合わせ」や「スクリーニング」からつくられるだろう。

どこから出てきたのかもわからないような、破天荒で爆発力のあるものは、そこから生まれてはこないかもしれない。

だが、偶然を手にした一握りの幸運な人たちだけが恩恵に与った昔とは違って、少なくともより多く人にチャンスが与えられるようにはなるはずだ。

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