さよならブルックリン、さよならヒップスター

サタデー・ナイト・フィーバー』(1977年) をダンスの映画だと思っている人は多い。あの映画は、実はブルックリンの映画だ。

トニー (ジョン・トラボルタ) はブルックリンの南端ベイ・リッジで暮らしている。地下鉄R線の最終駅のある、ブルックリンのなかでもマンハッタンから最も遠いエリアだ。

bayridge2当時ニューヨークといえば、すなわちマンハッタンのこと。ブルックリンにはなにもなかった。

なかでもベイ・リッジは移民の労働者が多く、失業率も高い。

地元の金物屋に勤めるトニーが考えることといえば、踊ることと女の子のことぐらい。

悪友と酒を飲んで車を乗りまわすのが日課のトニーは、将来のことなど考えたこともない。

だが、ある事故をきっかけにして、トニーは友人たちと別れてマンハッタンに向かい、ダンサーになることを誓う。

なにかを成し遂げるにはマンハッタンに行くしかない。ブルックリンにいてはだめなのだ。

1.

トニーがブルックリンを去ってほぼ40年。「ブルックリン」はいまや「クール」を意味する形容詞になった。

クールなブルックリンを求めて、ここ10年の間、多くの人がブルックリンに移り住んでいる。なかでもウィリアムズバーグはすでに飽和状態だ。

かつてトニーが住んでいたベイ・リッジの住民には、いまある心配ごとがある。雇用のことではない。

彼らがおそれているのは、ウィリアムズバーグの「ヒップスター」や観光客がベイ・リッジに流れこんでくることだ。

それを防ぐために、ベイ・リッジで新しくバーやレストランができるのを阻止しようとしているという。

2.

ヒップスターが集まるブルックリンのバーに行ってみればいい。

入口で年齢確認のために提示する彼らの自動車免許証は、どれひとつとしてニューヨーク州のものではないだろう。

彼らはブルックリンがクールになってからやってきた人たちだ。20-30歳台中心で、圧倒的に白人が多い。

それとすぐにわかる特徴のあるファッションで闊歩し、申し合わせたようにタトゥーをしている。

似たもの同士でつるんでいるウィリアムズバーグのヒップスターのさまを、西部のモールにたとえる人もいる (中西部は米国のなかでもアカぬけない田舎者と考えられている)。

IMG_9435なるほど、どっちを見ても区別のつかないようなコンドミニアムがたち並ぶ今日のウィリアムズバーグには、郊外のモールを連想させるところがある。

ブルックリンで生まれ育った人にとって、今日のウィリアムズバーグはまったくの異界だ。

足を踏み入れることさえしたがらない。「あそこはブルックリンじゃない」と彼らはいう。

3.

アーチストがロフトに住み、ウィリアムズバーグに「エッジー」な空気があった時代はとうの昔に終わっている。

「エッジー」なベッドフォード・アベニューが「竹下通り」へと変わっていくにつれて、ウィリアムズバーグの家賃は高騰した。

IMG_9417少しでも安い家賃を求めて、ウィリアムズバーグの北部を横断する地下鉄L線に沿って、ヒップスターたちの東への浸食が進んでいる。

「最近はブッシュウィックもナイスになってきた」と耳にする。

ブッシュウィックはウィリアムズバーグの東に位置するエリアで、かつてはサウス・ブロンクスと並んでニューヨークで最も危険なエリアだった。

「ナイス」とは、建物が取り壊されてキレイになり、ブティック、クールなレストランにピカピカのコンドミニアムが現れはじめることだ。

要するに、ウィリアムズバーグになればいいというわけだ。実際、ブッシュウィックは「イースト・ウィリアムズバーグ」とよばれることが多くなってきた。

もっと最近では、クイーンズのリッジウッドにもヒップスターたちが注目しつつあるという。注目する理由は「ウィリアムズバーグに近いから」だそうだ。

4.

数年前からブルックリン産の食品を目にすることが多くなった。

チョコレートからジャムそしてピクルスまで、小ぎれいなパッケージングの商品は「アーティザーナル (職人的な)」と表現されている。

アーティザーナルな商品が次々と生み出されるフード・シーンは、今日のブルックリンのもうひとつの顔だ。

商品名には「ブルックリン」が入っていることが多く、そうでない場合には「Handcrafted in Brooklyn (ブルックリンで手づくりされた)」といったコピーが伴う。

ブルックリンの変遷を追いかけた『The Invention of Brownstone Brooklyn』は、その変貌をひきおこしたのはブルックリンのブランド化だと指摘する。

「ブルックリン」を売り出したビジネスとして、「ブルックリン・ラガー」などのビールで知られるブルックリン・ブリュワリーにまで同書はさかのぼっている。

ブルックリン・フリーは、ブルックリンの人気スポットでもある蚤の市だ。

拡大を続けるブルックリン・フリーは、クラウン・ハイツに「フード・インキュベーター」を含む、ビールと食品の会場をオープンする予定だ。

新しい会場の改装に、ゴールドマン・サックスが25.6百万ドル投資した。「まさにこのような投資機会を探していた」という。

ゴールドマンが「ローカルな蚤の市」を投資機会とみているのは全く不思議ではない。

5.

ブランド化されたクールなブルックリンに違和感を示す人は多い。かつぎあげられるブルックルンのイメージと、実際のブルックリンが結びつかないからだ。

ヒップスターやアーティザーナルなチョコレートが、ブルックリンとなんの関係があるのだろう。

それをあたかもブルックリンの代表のように喧伝されるとなると、ただでさえプライドの高いブルックリンの住民が黙ってはいない。

市内5ボロウのなかでも、ブルックリンの住民はひときわ誇り高いことで知られている。そんな彼らにとって、ヒップスターやブルックリン・ブランドは嘲笑の的だ。

「ヒップスター」は新しい言葉ではない。サブカルチャーを指向する人たちを指す昔からある言葉だ。今日のニューヨークではそれは蔑称になった。

ヒップスターをクールだと思っているのは、週末にコネチカット州から大型バスでウィリアムズバーグに乗りつける年老いた観光客や日本のトレンド雑誌ぐらいだろう。

6.

ニューヨークやブルックリンが変わることそのものに反対する人は多くはない。

結局のところ、ニューヨークは「変化」の街だ。変わることをやめたらニューヨークとはいえない。問題はその変わり方にある。

ブルックリンで次から次へとオープンするレストランを見てみればいい。そこにはお決まりの「定式」がみてとれる。

大きなガラス窓と木を使った内装。ずいぶん前に流行ったスタイルをいったいいつまで使い回しするつもりなのだろう。

どうやらクールとみなされるにはルールがあるようだ。アーティザーナルもヒップスターもクールに欠かせない条件なのだろう。

ブティックやレストランがいっぱいで、ローカルなフード・シーンが盛り上がるブルックリンは、観光客や短期滞在する人にとってはエキサイティングにみえるに違いない。

ブルックリンの住民はそれを、「いつからこんなに画一的で退屈な街になってしまったのか」と嘆く。

ブルックリンは「お客さん」向けの街なのだ。

アーティザーナルな食品はローカル性を強調する。だが、もしそれがローカルな市場に向けたものなら、わざわざ商品名に「ブルックリン」を謳う必要はないはずだ。

7.

ニューヨークに住む人たちは、自分が住むこの街について、そしてこの街に対して、強い意見をもっている。そして、ことあるごとにそれを表明しようとする。

私はそれが、ニューヨークが恵まれた豊かな資源のひとつだと考えている。

街のほんのちょっとしたことについても、とにかく開発を推し進めようとする超開発派から、あらゆるものを保存しろというウルトラ保守派まで、その意見の溝は決して埋めようがないほど広い。

立場や考え方は違っていても、それぞれの意見には「なるほど」と思わせる部分がある。この街で起こっていることを「自分のこと」として考えていることは間違いない。

一方、ヒップスターたちがブルックリンをどうしたいのか、私には伝わってこない。

ブルックリンのブランドを消費・利用することに余念はないが、奇妙にも、彼らはブルックリンやニューヨークに関心がないようにさえみえる。

ヒップスターがときどき「寄生虫」とよばれるのも、理由がないわけではない。

8.

2013年2月にニューヨークタイムズ紙は、なかばジョークのようにもみえる記事を掲載した。

hipsturbiaヒップスターたちがブルックリンを離れて、ハドソン川沿いのニューヨーク州に引っ越しているというのだ。

ブルックリンを含むニューヨーク市内からハドソン川周辺に引っ越す人は、ここ約10年ほどで増えてきている。

だが、ブルックリンを離れているのは、ほかでもないクールなブルックリンを追い求めてやってきたヒップスターたちだという。

「ようこそヒップスタービアへ」—。

いくぶん侮蔑の感じられる造語 (hipster+suburbia) でヒップスターが集まる郊外を表現したその記事は、大きな反響をよんだ。

もっとも、ブルックリンにいても中西部のモールでのようにふるまう彼らにとっては、おさまるべきところにおさまったというべきだろうか。

ブルックリンからウェストチェスター郡に引っ越して、アーティザーナルなビーガン石鹸のショップをオープンしたという人がその記事のなかで言っている。

「ブルックリンにいる必要はない…私たちはここにブルックリンをもってきたんだから」。

彼らがブルックリンでなにをしたい (かった) のか、私にはやっぱりわからない。

ただ、ハドソンに移り住んでまでヒップスターが追いかけてくる、元ブルックリンの住民たちが気の毒で仕方がない。

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