野望とコミュニティのニューヨーク

2012年10月の終わり、巨大なハリケーンが米国東海岸を襲った。

このポストを書いている今現在、ニューヨーク市の地下鉄やバスは限定的にしか動いていない。

多くの人は長蛇の列に数時間並んでシャトルバスに乗りこむか、自転車や徒歩で仕事に向かっている。

まだ停電が続いている地域もあり、電気も暖房もない生活を続けている人たちもいる。

1.

少しでも早く「いつものニューヨーク」を取り戻そうと動いているのは、市の職員だけではない。

停電を免れた人は、街角で不特定多数の人びとに電源を提供した。多くの人が、ライフラインとなった携帯を知らない人から充電した。

ダウンタウンのピザ屋は無料でピザをふるまい、店の前には長い列ができた。

電気やお湯のある部屋に住んでいる幸運な人たちは、不運な停電中の友人を部屋に招いているようだ。

仕事の都合で車で移動する人は、シャトルバスを待つ見知らぬ人を拾いながら目的地に向かっている。

2.

より組織的な体制も、素早く立ち上がった。

ロウワー・イースト・サイド・リカバーズ (The Lower East Side Recovers)」は、マンハッタンのロウワー・イースト・サイド地区 (LES) 内での相互支援をサポートするサイトだ。

支援を求めている住民は必要としている生活物資やサービスを登録し、支援したい人は供与できることを登録する。サイト上でマッチングが行われる。

LESの住民がはじめた自助サービスだ。政府などは関与していない。

ブルックリンのレッド・フック地区や、クイーンズのアストリア地区も、LESに続いて、それぞれのコミュニティのために同じサイトを立ち上げた。

3.

ビジネスは一刻も早く再開させなければならない。しかし、停電中のオフィスでは働くことができない。

サンディ・コワーキング (Sandy Coworking)」は、自社スペースを他のビジネスに提供している企業をマッピングしている。

そこに掲載されているスペースでは、働くこともできるし、充電することもできる。もちろん、オフィスをシェアする他のビジネスとの交流も可能だ。

ニューヨークのテクノロジー企業が共同で立ち上げた。

4.

これらはいずれも、政府や慈善団体ではなく、住民や個々のビジネスによる直接的な行動だ。誰かに言われてそうしているわけではない。

政府には、特定の地域や個人のミクロなニーズを見つけることも、満たすこともできない。

しかし、同じコミュニティにいる人にはそれがよく見える。そして、そのコミュニティ内で自助解決した方が早いし、うまくいく。

「コミュニティ」は物理的な近隣地域にかぎらない。たとえば、サンディ・コワーキングは、「テクノロジー」というコミュニティ向けのサービスだ。

コミュニティ内では「共通言語」が共有されているため、お互いの理解も早く、ニーズも似通っている。政府の手を借りるまでもない。

5.

ニューヨークには、こうした草の根レベルの強い「コミュニティ指向」がある。

ニューヨークといえば、競争が激しく、自己主張の強い、徹底した自由を担保する個人主義の街だ。「コミュニティ」とは相容れないようにみえるかもしれない。

都市部ではコミュニティ意識が希薄だといわれたりもする。だが、都市の典型のようなニューヨークに住んでみると、そんなことはないことがわかる。

長い旅からニューヨークに戻ると、私は近所で声をかけられることが多い。「しばらく見なかったけど、どうしていたのか」とろいろな人が話しかけてくる。

ほとんどの人はちょっとした知人たちだ。しかし、近所でなじみの顔を見かけて、立ち話をしていると、「帰ってきたな」と実感する。

6.

ダニエル・ベルとイスラエルのヘブライ大学教授アヴナー・ドシャリットは、その著書『The Spirit of Cities』(2011年)で、都市にはそれぞれの「精神 (ethos)」があると主張している。

たとえばニューヨークは「野望の街」だという。これについて説明はいらないだろう。

そのうえで、野望や個人主義だけを追求していたら、ニューヨークは破綻していただろうと彼らは指摘する。

ニューヨークが機能してきたのは、野望や個人主義が、強い「コミュニティ意識 (civism)」によって補完されているからだという。

どういうわけか、都市には冷たい個人主義のイメージが結びついている。だが、都市こそ社会的なネットワークが豊富な場所なのだ。

そのネットワークやそこから生まれるチャンスを求めて、人は都市にやってくるといっていい。

7.

ニューヨークの強いコミュニティ意識が前面に出てくるのは、今回のハリケーンのような惨事が起こったときだ。

ハリケーンがニューヨークに接近する前から、多くの人が避難していた。何日もの間家を空けている人が多いが、略奪は報告されていない。

ブルームバーグ市長は、ハリケーン後は、殺人は一件も起きていないと言っている。

コミュニティの尊重ともいえるだろう。

コミュニティ意識の著しいたかまりは、2001年の同時多発テロの直後にもみられた。

第二次世界大戦時にも、さらに古くには、1911年に多くの移民が工場の火事で命を落とす事件が起きたときにも、同様のことがみられたという。

8.

住民のコミュニティ意識は政府と衝突することもある。

ハリケーン後の復旧に追われるなか、ブルームバーグ市長は、毎年恒例のニューヨーク・マラソンを11月4日に予定通り実施すると発表した。

どんなときも「この街は走り続けなければならない」というのが彼のメッセージだ。

それに対して次々と反対の声が上がった。反対したのは評論家やメディアではなく、ニューヨーク市民だ。

ニューヨーク・マラソンは、ニューヨーク市を構成する5つのボロウ (区) すべてを走り抜ける。そのスタート地点は、スタテン・アイランドだ。

スタテン・アイランドは、ハリケーンで最も大きな被害を受けたボロウだ。家を失った人も多い。

マラソンよりも、困っている住民に電気を優先して与え、被害者の支援に専念すべきだという非難が相次いだ。

あっという間にマラソンをボイコットするフェイスブックのページが立ち上がり、たちまち数千人の賛同を得た。

激しい非難を受けて、11月2日の夜にブルームバーグ市長は、ニューヨーク・マラソンの中止を発表せざるを得なくなった。

その後間もなく「レース2リカバーNYC (Race 2 Recover NYC)」というサイトが立ち上がった。

マラソンのためにニューヨークにやってくる予定だった人に、ホテルの予約をキャンセルせず、同サイトから、滞在する場所が必要な人に部屋を寄付することを促している。

9.

ニューヨークの住民は、常に団結して、同じ考えをもち、行動を共にしたりすることはない。決して一枚岩ではない。

ただ、ときどき、あることをきっかけとして、「ニューヨーク」というコミュニティ意識が何よりも優先されることがある。

それも、アドホックで一時的なものだ。一気にたかまり、しばらくすると霧散する。だからいいのだ。結局のところ、ニューヨークは野望と個人主義の街だ。

個人主義とコミュニティは、必ずしも相反するものではない。個人主義が強いところでこそ、コミュニティ意識は強くなりうる。

その独特のバランスが、野望が暴走することをかろうじておさえている。

これから街は徐々に落ちつきを取り戻していくだろう。人びとはふたたび容赦なく文句を言い合い、野心を追い求める「いつものニューヨーク」に戻っていく。

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