才能のポートフォリオ

いま手元に10万ドルあるとしたら、あなたはその資金を何に投資するだろうか。

株か債券か、それとも金などの商品を考えるかもしれない。

米国のシンクタンクブルッキングス研究所は、自分自身に投資しろという。

10万ドルで学校に行き、新しいスキルを身につけて仕事に就けば、そのリターンはどんな投資商品も上回ると、同研究所の調査はいう。

1.

ニューヨークでは、コードを書けるエンジニアが圧倒的に不足している。

次々と生まれるスタートアップに加えて、グーグルやフェイスブックがオフィスを構えた。

報酬額をひき上げても、有能なエンジニアをみつけるのは至難の技だ。不況の最中だというのに、ひっぱりだこの職種のひとつだ。

一方、製造業の生産まわりの仕事は減り続け、中産階級の没落がいよいよ深刻になりつつある。

グローバリゼーションや技術革新を背景として、米国の経済の主役は製造業からイノベーションを中心とした産業にシフトしている。

中国を相手に生産拠点をめぐる競争をしても仕方がない。将来性の高い「これからのビジネス」に目を向けようというわけだ。

経済の主役が変われば、求められるスキルや人材も変わる。

だが、雇用者が求める人材と、仕事を探している人のスキルがかみ合わない。ここに労働力需給の「ミスマッチ」が生まれる。

その結果、失業率は高止まりする。たんに不況の問題ではない。

3.

労働者のスキルの度合いは、教育によって決まるところが大きい。

2007年と2011年時点での失業率を、教育水準別にみてみよう。高等教育を受けた人ほど、不況の影響が少ないことがわかる。

仕事がないわけではない。高度なスキルをもつ人材に対する需要は、不況にもかかわらず増え続けている。

だが、大学を卒業する学生は過去30年間で平均2%しか増えていない。

需要が強まる一方で供給が追いつかないとすれば、教育による賃金格差は今後さらに拡大するだろう。

ブルッキングス研究所が、教育を受けることが最も効果的な投資だというのはこのためだ。

5.

2008年の金融危機の後、私の友人は大学で夜間の授業をとっていた。

博士号に加えて、金融の世界で十分といえるキャリアを積んできた彼だが、新しいスキルを身につけるために、コンピュータプログラミングを学び始めた。

そのクラスは、彼と同じようにスーツを着こんだ、会社帰りと思われる人たちで超満員だったそうだ。

ビジネスが急速に変化する環境下では、数年前に必要とされたスキルが役に立たなくなることもある。新しい知識やスキルのアップデートが必要だ。

ビジネスに向き合っている私たちひとりひとりが、変化に適応していくことを求められている。それは、政府や会社の仕事ではない。

優良企業に勤めていても、どんな仕事をしていても関係ない。これから「生涯学習」は、いっそう重要な課題になるだろう。

6.

自分でビジネスを始めた人は、学歴など必要ないというかもしれない。たしかに学歴は必要ないが、学校で学んだスキルは役に立つ。

大成功をおさめた人たちはドロップアウトだ。マーク・ザッカーバーグをみればいい。スタートアップを始めるには、学校など時間のムダだという人もいるだろう。

ボックス (Box) の創業者でCEOを務めるアーロン・レヴィーは、大学を辞めて同社を創業した。どこかで聞いたような話だ。同社の企業価値評価は10億ドルを超えるともいわれる。

そのレヴィーは、大学を辞めてビジネスを始めることに批判的だ。

学校で学ぶことは重要だ。ビジネスが十分に育っていないのに、大学を辞めたりしない方がいいと彼はいう。

ザッカーバーグは学校を辞めて成功したかもしれない。だからといって、学校を辞めれば成功するわけではない。

7.

今日のビジネスのニーズに応えられる「スキルセット」を提供するのは、大学にかぎらない。

ペイパル (PayPal) の共同創業者であり、ベンチャーキャピタリストでもあるピーター・シールは、独自のフェローシップを立ち上げた。

シールは教育の重要さを強調するが、従来の学校のあり方には批判的だ。今日の大学は教育の場としてふさわしくないと考え、「第3の教育」のあり方を提示している。

それもひとつの方法に違いない。米国の大学には、高額な授業料やふくれあがる教育ローンの残高など、課題も多い。

必要なのはトレーニングであり、「学歴社会」や「資格重視」ではない。

8.

今日のビジネスでは、よりテクニカルなスキルが重宝され、定量的なテクニックがいっそう求められている。

ニューヨークではエンジニアが不足している。アルゴリズムはデザインの世界にも導入されてきている。

「文系」とされてきた学問の世界も、コンピュータによって複雑な関係性を解き明かす「コンピュテーショナル・ソーシャル・サイエンス」が生まれるなど、進化している。

イノベーションを指向する産業では、数学や科学の知識が不可欠だ。

これから金融の世界に入る人なら、クオンツを目指すだろう。あるいは、物理学を修めた人が、金融市場のパターンを解明しようとするかもしれない (経済物理学)。

生命科学などの研究開発の職種なら、科学の知識が必要なのは言うまでもない。

9.

しかし、一般的にいって、米国人は数学が得意ではない。多くの学生は、日本でいう「文系」の分野を指向する。

大学院のとき、「アジアからやってくる生徒はとんでもなく高度な教育を受けている」と米国人の友人がいっていた。

数学や統計学に突出した才能をもつ留学生のことだ。言語のハンディキャップを埋めるためにも、数字を使う分野に進むアジアからの学生は多い。

残念ながら、私はその1人ではなく、数学がとくに得意でもない。大学院のゲーム理論の授業に四苦八苦したぐらいだ。

だが、それでも米国人の目には数学ができるようにみえたようで、その友人にもときどき教えてくれと言われた。

卒業後、その友人と数年ぶりに会ったら、彼は数学を使う研究分野で博士号を取得し、研究者のポジションにおさまっていた。

お世辞にも数学が得意ではなかった彼だが、博士課程でトレーニングを重ねて数学を使うようになったのだという。

結局はトレーニング次第なのだ。教育とは、今と将来のギャップを埋める準備のことだ。

10.

米国には世界でも有数の研究機関が多く存在する。そこから派生するビジネスも多い。

そうした研究機関を訪ねてみると、外国人が多いことに気づくだろう。

ウォール街で金融モデルのアルゴリズムを書いている人の中には外国人が多い。テクノロジー企業のエンジニアにインド人が多いことはよく知られている。

歴史に名の残る米国の数学者や科学者を調べてみると、多くは米国外で生まれた移民だとわかる。

高度な専門知識をもつ外国人や移民は、米国の先端産業に欠かせない存在だ。

しかし、労働ビザの発行に限りがあるため、欲しいスキルをもった外国人を企業が雇用できないケースも多い。

多くの外国人エンジニアを雇用するマイクロソフトは、ビザの問題を回避できるように、本社のシアトルから近い、カナダのバンクーバーに開発拠点を設置している。

ニューヨークのブルームバーグ市長などは、現在のビザの制度を見直し、外国人により多くの労働ビザを発行するように働きかけている。

外国人を制限することが、米国経済の競争力を阻害しかねないことを彼らは知っている。

11.

前世紀に多くの雇用を生み出した製造業は、もう米国に戻ってきそうにはない。

一部の識者の間では、米国内で製造業が蘇る可能性が、最近にわかにとりだたされてもいる。

だがそれは、ハイエンドなニッチ市場向けのもので、従来の大量生産と大量雇用を伴う製造業ではない。

多能工のロボットやAI (人口知能) を用いた高度に技術的な産業が米国で発展する可能性も期待されている。こうした分野は大きなビジネスに成長する可能性がある。

しかし、従来の製造業とは性質が大きく異なるため、そこで求められる労働者の役割自体がこれまでとは全く違ったものになるだろう。高度な技術力も求められる。

12.

ハーバード大学で経済学を教えるクラウディア・ゴールディンローレンス・カッツは、その著書『Race between Education and Technology』で、20世紀の米国を繁栄に導いたのは、テクノロジーと教育だと主張する。

21世紀に入って10年が経過した現在の状況はどうだろうか。

今日もテクノロジーは驚くべき進化を続けている。そのことを実感しない日はないといっていい。一方教育はというと、テクノロジーの進化のペースについていっているとはいえないようだ。

ビジネスのあり方は刻々と変化している。今世紀の経済モデルを模索する米国は、「才能のポートフォリオ」の見直しにとりかかっている。

10年後にふりかえってみたとき、そのポートフォリオは現在のものとはずいぶん違ったものになっているだろう。

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One Response to 才能のポートフォリオ

  1. ys347 says:

    デロイトの調査によると、大学で身につけたスキルの「賞味期限」は5年間。

    テクノロジーや環境が急速に変化する今日、スキルが陳腐化するのも早く、ホワイトカラー/ブルーカラーに関係なく、労働者は継続的にスキルをアップデートすることが求められています。

    ブログの中のチャートでは、今後大きな期待がされている職業ほど多くのトレーニングや時間が必要なことを示しています。

    米国の労働市場にとってのチャレンジです。

    Mind the (Skills) Gap (Harvard Business Review blog)
    http://blogs.hbr.org/cs/2012/09/mind_the_skills_gap.html

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