スタートアップで経済の多様化を

ブルームバーグ市長の指揮の下、スタートアップ企業の育成に力を入れているニューヨークの動向が、にわかに注目を集めている。

2012年5月に、政策系シンクタンクのセンター・フォー・アン・アーバン・フューチャーは、ニューヨーク市におけるスタートアップの状況に関するレポートを発表した。

その『New Tech City』によると、ニューヨークのスタートアップ企業の数は増加中だ。

「New Tech City」より

ベンチャーキャピタルの投資を受けるニューヨーク企業の数も急増しており、投資を受けた企業数の増加率は、シリコンバレーやボストンを上回っている。

私のまわりでもスタートアップは多く、顔を出しているビジネスがいくつかある。

「New Tech City」より

右は、スタートアップの所在地をマッピングしたものだ。

マンハッタンのダウンタウンやブルックリンが主な所在地だ。

こうした勢いを後押しするように、ニューヨーク市は、マンハッタンとクイーンズの間に浮かぶルーズベルト島に、エンジニアリングの学校を設立する。

コーネル大学とテクニオン-イスラエル工科大学が共同でとりくむが決まっている。

2012年7月の終わりには、コロンビア大学がデータサイエンスの学校を新設する計画に、ニューヨーク市が15百万ドルの資金を提供することを発表した。

1.

2011年の夏に日本に滞在したとき、私は知人のジャーナリストから「ニューヨークはITの街になるのか?」と聞かれた。

どうやら私のポスト (「ニューヨークにシリコンバレーはいらない」(2011年1月)、「さよなら金融都市、ようこそイノベーション都市へ」(2011年2月)) を読んだようだ。

ニューヨークはスタートアップに力を入れている。だが、「テクノロジーの街」にしようとしているわけではない。

ニューヨーク経済の特徴はその豊かな多様性にある。金融、メディア、エンターテイメント、ファッション、バイオ等々–。

様々な産業が共存するニューヨークは、特定の産業に特化しているシリコンバレーと対照的だ。

ニューヨークはシリコンバレーではないし、シリコンバレーのようになってはいけない。

2.

ニューヨーク市の経済は、過去数十年の間、金融への依存を強めてきた。

雇用数でみると、2011年時点では、金融 (保険を含む) はニューヨーク市の雇用の約12%を占めている。

賃金ベース (各産業に従事する人に支払われた賃金の総額) でみると、金融は全体の31%を占めていることがわかる (右のチャートの単位は百万ドル)。

マンハッタンだけでみてみると、その比率は37%にも達する。

その金融の雇用は、2009年に急減している。2008年の金融機危機の影響だ。

金融市場とともに、ニューヨークの雇用市場も乱高下していることになる。

3.

物理学者のマーク・ブキャナンは、金融システムの不安定性を、生物学のアナロジーで説明している

有機体は、小さな部分 (パーツ) を組み合わせることによって、単独では不可能な機能を果たすシステムを構築する。

組み合わせからできたシステムは、また別のシステムと組み合わさることで、さらに大きなシステムをつくる。

システムの階層をいくつも積み重ねることによって、より複雑な機能を成し遂げることができるようになる。それが有機体だ。

「システムのシステム」として「モジュール化」されたデザインは、私たちの身のまわりでも広く用いられている。コンピュータや建物はその例だ。

モジュール化されたアーキテクチャには、いくつかの利点がある。

モジュールは構築するのが楽だ。そして、システムが相対的に安定する。

部分を取り替えることによって、全体をつくり直すことなく、変更することができる。その柔軟性によって、改善や進化が可能になる。

ところが、今日の金融界は、合併や統合を繰り返した結果、少数の金融機関が市場に残り、それ自体きわめて複雑で巨大な組織体になっている。

モジュールとはほど遠い。おのずとシステムは不安定になり、ひとたび危機に陥ると立ち直りづらくなる。

2012年7月に、シティグループの元会長サンディ・ワイルが、メガバンクは分割すべきだと言ったことが波紋を呼んだ。

銀行経営の経験から、彼はメガバンクに特有の弱みを認識していたのだろう。

4.

カリフォルニア大学のアナリー・サクセニアンは、1994年に出版された『現代の二都物語』で、企業間の組織化を分析している。

シリコンバレーとボストン近郊のルート128は、ともに多くのビジネスを生み出したことで注目を集めた。

だが、1980年代に入ると、ルート128が衰退する一方で、シリコンバレーは蘇った。

両者の違いはどこにあるのだろうか。

サクセニアンは、シリコンバレー企業の「ネットワーク型システム」にその答えを求めている。

シリコンバレーでは、企業間のネットワークが最大限に利用されている。

企業間の相互交流は当然のように行われる。各社から専門的な資源がよせ集められ、企業の枠を超えて、新しい試みに集団でとりくむ。

その過程で知識や経験を身につけた人たちは会社を去って、新しいパートナーと新しいビジネスを始める。こうした離合集散を日常的に繰り返している。

「組み合わせ」を頻繁に変えることで、環境変化への適応が可能になり、全体として産業基盤が強化された。

一方、ルート128では、独立性の高い少数の企業が力を集めた。

ビジネスに必要な機能を社内にとりこみ、垂直統合をすすめる「自己完結型企業の集合体」だ。

そのため、外部の情報源やノウハウから切り離されることになり、環境変化に対応することができなくなったという。

5.

ブキャナンやサクセニアンによると、自己完結した「完成度の高い大企業」には、大きな落とし穴が隠されているようだ。

むしろ、特定の専門知識や能力をそなえた、規模はそれほど大きくない多くのビジネスが連携し、必要に応じて組み手を変えていく方がいいようにみえる。

「モジュール」や「ネットワーク型」と呼ばれているものには、特有の柔軟さと強さがある。それは、個別の企業にではなく、システムに備わっている。

企業が成長し、大きくなることは、「成功」と考えられている。だが、別の観点からすると、それは「終わりの始まり」でもあるのかもしれない。

直感に反するようだが、少数の大企業が市場を支配するよりも、より小さな多数の企業がしのぎをけずっている方が、経済は相対的に安定しやすい。

不確実で、変化の激しい環境下では、特にこのことがあてはまる。

6.

最近のスタートアップは、新しいテクノロジーを生み出すというよりも、テクノロジーを既存のビジネスに利用したものが多い。

ニューヨークでスタートアップが増えている背景にはこのことがある。『New Tech City』はそう指摘する。

セカンド・マーケット社は、流動性のない資産に市場を提供するスタートアップだ。金融の知識が蓄積されているニューヨーク以外では誕生することはなかったはずだ。

ニューヨークには、デザイン系のスタートアップも多い。多くのデザイン関係者が住む街にとっては当然のことだろう。

サンタフェ研究所のブライアン・アーサーは、組み合わせにもとづく「生成経済」を提唱する

すでにある能力やテクノロジーの組み合わせを通じて、新しいビジネスを生み出すというのがアーサーの考えだ。

多様なビジネスが存在するニューヨークは、これまでにない新しい組み合わせのチャンスに恵まれている。

7.

ニューヨーク市がスタートアップに注力しているのは、経済の多様化を追求するためだ。「次なるフェイスブック」を生み出すことが、必ずしも目的ではない。

次々と生まれるスタートアップは、新しい組み合わせを模索する試みであり、企業間のネットワークの絶え間ない再組織化でもある。

それは、雇用の安定化を招くだけでなく、ニューヨークの経済が、特定の産業に特化したり、少数の企業に集中するのを防ぐことにもなるだろう。

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