もっと高く!もっと密度を!

「この裸の町には800万の物語がある」—。

1948年に公開された『裸の町』は、ニューヨークで起こった殺人事件をめぐる映画だ。

映画産業が西海岸に集中していた当時としては珍しく、全編ニューヨーク市内でロケーション撮影された。

そして、この映画の成功をきっかけとして、ニューヨーク市に映画撮影が戻ってきた。

物語は5つのボロウ (区) にわたり展開し、すべてのボロウで撮影されている。

マンハッタンだけがニューヨーク市ではなく、5つのボロウだという事実を、あらためて観る者に思い出させてくれるだろう。

クライマックスのウィリアムズバーグ橋上での逃走劇は、あまりにも有名だ。

「この街には800万ものさまざまな物語があり、この映画はそのひとつにすぎない」。そう伝えて、映画は幕を閉じる。

1.

「裸の町」には住む人の数だけ物語がある。「800万の物語」は、住人の数のことだ。

現在のニューヨーク市の人口は、およそ820万人。

1940年代からそれほど変わっていないことに驚く人もいるだろう。

マンハッタンにかぎっていえば、その人口は、20世紀初めからむしろ大きく減少している。

歴史的にみてみると、20世紀初めに、移民の流入ともに、マンハッタンの人口は急増した。

人口は20世紀前半にピークを迎え、20世紀後半にかけて大きく減少に転じる。

今日マンハッタンを訪れる人は、その人の多さに驚くだろう。だが、人の数はこれでもずいぶんと減ったのだ。

人口密度も20世紀を通じて、大きく変化した。

20世紀初めのマンハッタンのローワー・イースト・サイドは、「地球上で最も人口密度が高い地域」のひとつだったといわれる。

『裸の町』では、犯人を探して、刑事がローワー・イースト・サイドをさまよい歩く場面がある。

地球上で最も密度が高い地域を目にするだけでも、この映画を観る価値はある。

2.

20世紀初めには、住む場所がない移民たちが、ひとつの部屋に何人も同居していた。

マンハッタンの人口密度が異常ともいえる水準に達したのはそのためだ。

ゾーニング (用途地域) が導入される以前の時代の話だ。

その後、ゾーニングの導入と郊外への人口流出によって、マンハッタンの人口密度は低下した。

こうした歴史的な経緯のためか、米国では、高い人口密度は劣悪な住環境と同一視されることが多い。

だが、実は、高い人口密度には多くの利点がある。私たちは、むしろ密度を高めるべきではないのか。そうした議論が徐々に広がっている。

3.

多様な人びとが多く住む場所では、チャンスも多い。仕事を探す者にとっても、雇用する側にとっても有利だ。

今日の経済を牽引するのは、才能やスキルをそなえた人たちだ。そうした多様な才能が交錯するところに、新しいアイデアやイノベーションは生まれる。

密度が高いほど、そうした相互作用の機会は増える。

ビジネスだけでなく、環境にとっても大きな利点がある。多くの人びとが集中して住むことによって、エネルギー効率が高まるからだ。都市こそがサステイナブルなのだ。

結局のところ、都市とは「density (密度)」のことではないだろうか。

4.

多くの才能が集まることは、ニューヨークにとってありがたいことだ。

しかし、すでに過密状態ともいえるマンハッタンに、新しく移り住む人が住む場所はあるのだろうか。

ニューヨークに引っ越す人にとって最も大変なことは、アパートを見つけることだ。

ニューヨークではお金を出せば何でも手に入る。お金がなければ、アパートが見つかるかどうかは、運とタイミング次第だ。

ニューヨーク市の家賃相場は並外れて高く、落ち着く兆しがみえない。ニューヨーク市には、収入の半分を家賃にあてている人が多くいる。

才能に恵まれた人が金持ちとは限らない。才能やアイデアに恵まれた、これからビジネスを始めようとする人たちは、高コストのためにニューヨークを敬遠するだろう。

それはニューヨークにとって得策ではない。

「アーバン・テック (urban tech)」とも呼ばれるスタートアップを育てることに力を入れているニューヨーク市は、たしかに新しい住居の建設にもとりくんでいる

しかし、より根源的な解決法は、建物の高層化を進めることだ。

ハーバード大学で経済学を教えるエドワード・グレイザーはそう主張する。

マンハッタンの土地は限られている。高層化によって住宅供給を増やすことで、住宅相場は抑制されるだろう。

5.

ニューヨーク市、とりわけマンハッタンは、小さな島に摩天楼が立ち並ぶ「垂直の都市」といわれることもある。

だが、それももはや過去の話だ。

ドバイや中国を見てみればいい。

まばゆいばかりの超高層ビルが競うように建ち続けている。

それに比べてマンハッタンの摩天楼ときたら、なんと古典的で、前世紀的なことだろう。

ニューヨークの高層ビルを、高い順番に並べたリストをみてみよう。上位10件のうち半分は1930年代に建てられたものだとわかる。

21世紀の都市には、その要求を満たすインフラが必要だ。たとえば、高密度な都市では、水平移動よりも垂直移動が重要になる。

今世紀において、最も重要な輸送機関は自動車や電車ではなく、エレベーターだという指摘もある。

163階ものフロア (ドバイのブルジュ・ハリーファ) をストレスなく輸送するには、エレベーターのデザインも従来のものではとても間に合わない。

6.

高層が建ちはじめると、変わることも多い。

自然光は入らなくなってしまうかもしれない。部屋からの美しい眺めもなくなるだろう。

そして、なにより、周りに高層が建ち並ぶと、不動産の価値が下がる。

ニューヨーク市は、容積率 (FAR) の規制によって、建物の密度を制限している。

古い建物の保存を求める声も強い。

古い建物には独特の美しさがある。そこに個人的な思い出がある人もいるかもしれない。

歴史的に価値のある古い建物を保存すること自体に反対する人はいないだろう。

だが、そこには大きなコストが伴っていることを忘れてはいけない。

7.

住宅の価格は、需要と供給によって決定する。人口が増加する一方で、住宅供給が増えなければ、家賃はおのずと高騰する。

ニューヨーク市内では、利権や歴史的な保護などによって、住宅の追加的な供給が極端に制限されている。家賃が高いのは、市場原理が働いていないからだ。

たとえば、ブルックリンのウィリアムズバーグなどで家賃が高騰しているのは、人気のスポットだからだけではない。高層の建物が建てることができないためだ。

住宅の供給が不足すれば、家賃が高騰するばかりか、いずれ人びとはニューヨークを離れてしまうだろう。才能を求める都市にとっては逆効果だ。

8.

私たちはもう『裸の町』の時代には生きてはいない。

高密度は、劣悪な住環境ではなく、むしろ優れた都市環境の条件と考えられるようになっている。技術的にも経済的にも、高層の建設は容易になっている。

いまこそさらなる高層にシフトすべきだ。しかし、感傷主義とNIMBYがそれを阻害している。

ジェーン・ジェイコブスは、低層の建物の保存にこだわった。グレイザーが、いまや都市を学ぶ者にとってバイブルとさえ言えるジェイコブスを批判するのはこの点だ。

オフィスにしろ住宅にしろ、高層の建設は、一部の豊かな人たち向けと考えられがちだ。

だが、新しい住宅を供給しないと、家賃を払えずに街から追い出されることになるのは貧しい人たちだ。

その結果、街はより均質な人びとが住むようになるだろう。ジェイコブスが求めていた「多様性」とは正反対のものだ。

ジェイコブスは用途混合 (mixed use) の効用を主張した。その点に関しては、おそらく彼女は正しいだろう。だが近年の超高層ビルの多くは、ビル自体が用途混合になっている。

いま彼女が生きていたら、これにどう反論するだろうか。

ジェイコブスが「バレエ」に喩えた歩道は、垂直には実現できないものだろうか。

ジェイコブスは都市のはたらきを的確に理解し、巧みにそれを伝えた。だが、市場原理を理解することはなかったのではないか。

彼女にとって、市場とは、巨大な再開発と同義だったのかもしれない。彼女が闘った「マスター・ビルダー」のロバート・モーゼスのように。

9.

ニューヨーク市は、「新自由主義」ともよばれるやり方で、これからも高い経済成長を追求する姿勢だ。

「そこそこの低成長」で生き延びるといった選択肢は、この街には存在しない。

その場合、人口成長は不可避であり、住宅に関して根本的な方策が必要になるだろう。高層はひとつの解決法であるはずだ。

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7 Responses to もっと高く!もっと密度を!

  1. ys347 says:

    ニューヨーク市の世帯の3分の1は、その収入の半分以上を家賃にあてているという。

    Housing Affordability Crisis: Americans Squeezed By Higher Rents, Tight Credit (Huffington Post)

    http://www.huffingtonpost.com/2012/07/05/housing-affordability-crisis-high-rents-tight-credit_n_1650539.html?ncid=edlinkusaolp00000003

  2. ys347 says:

    ニューヨーク市は、試験的に、市内で新しく建設されるアパートの広さの最低限度を下げることで、「マイクロユニット」の部屋を導入することを明らかにした。人口増加へのもう一つの対策法?

    Home sweet studio: NYC invites developers to test tiny 300-square-foot apartments on city lot (Washington Post)

    http://www.washingtonpost.com/business/home-sweet-studio-nyc-invites-developers-to-test-tiny-300-square-foot-apartments-on-city-lot/2012/07/09/gJQAwm4YYW_story.html

  3. Pingback: 都市への反転がいよいよ始まる | Follow the accident. Fear the set plan.

  4. ys347 says:

    マンハッタンの1910年時点と2010時点での人口密度を比較したマップがありました。

    マップ上で表示されている高さは、建物の高さではなく、その地域の密度を表しています。地域にもよりますが、この100年間でマンハッタンの密度がかなり低くなったことがよくわかります。

    http://urbanizationproject.org/blog/the-decongestion-of-manhattan-2/

  5. Gen says:

    NYの再高層化はジワジワ起こるけど、一気には絶対に怒らないでしょうね。既存の住民の力が良くも悪くも強すぎますから、

  6. Gen says:

    また、新築供給増えたとしても、デベは利ザヤを高く取るために、SQFあたりの値段$1200からの高級物件ばかり作る+その殆どが売買物件(賃貸供給は限定的)、と思ってます。

    • ys347 says:

      コメントありがとうございます。不動産サイドからの視点は非常に参考になります。
      ニューヨークの住民は本当に、「良くも悪くも」ですね。力が拮抗していいと思うのですが。

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