街を歩こう

ゆっくりと靴のひもを結び、昼前に宿を出る。晴れていれば申し分ない。カフェで地図を広げ、長い1日の行程を相談しはじめる。

その友人とはいくつもの都市を歩いた。ニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリン、アテネ、そして東京。

抜群の方向感覚と地図を読む才能に恵まれた彼は、街を歩くために生まれてきたような男だ。

東京に来たこともある。機内でガイドブックを熟読し、成田に降り立ったときには、東京の地下鉄路線網をほぼ暗記していた強者だ。

私は歩くことには自信がある。だが、一歩一歩着実に、ペースを落とすことなく、昼夜歩き続ける彼の足にはおよばない。彼と歩くと、休憩を提案するのはもっぱら私の方だ。

1.

私たちのミッションは、街のすべてを歩きつくすことだ。観光やショッピングは観光客にまかせておこう。

このあたりには、どんな人たちが住んでいるのだろう。繁華街と隣り合わせのこの地域はなぜ開発されていないのか。この新しい建物ができる前、ここには何があったのだろう。

建築に従事する友人の関心は、もっぱら建造物だ。欧州で生まれ育った彼は、欧州の主要都市は何度も訪れている。

建造物にそれほど興味がない私が「もうやめろ」と言うまで、あらゆる建物について説明してくれる。

観察するのは、建造物のようなモノに限らない。

ソルボンヌ大学近くを通りかかったときには、ミニシアターでどんな映画が上映されているか忘れずに見ておこう。アテネなら街角に新しい暴動の跡があるはずだ。

夜が更けると、歩き疲れた足は、バーが多い地域へと向かう。パリならさしずめバスチーユだ。

「今日も歩いたな」と言いながら、その日歩いたところを地図の上でおさらいする。「ここはどういう都市だろう」とあらためて考え、その街を表現できる言葉を探してみる。

宿に戻るのが明け方になることも少なくない。

2.

歩くことを目的として街を歩いているのは、私たちだけではない。街を歩くのが生活そのもののような人たちがいる。

ニューヨークに住むニック・カーの愛称は「スカウト」だ。彼がスカウトするのは映画撮影のロケーションだ。

セントラル・パークやタイムズ・スクエアは、映画でもおなじみの場所だ。映画の舞台がニューヨークであることを伝えるために使われる「アイコン」でもある。

だが、ニューヨークではない場面を、ニューヨークで撮影することもある。そんなとき、イメージにふさわしいロケーションを探してくるのが「スカウト」の仕事だ。

「街を見つめること」が仕事だと言うカーは、ニューヨークのすみずみまで歩きつくし、あらゆる場所に通じている。

彼が運営するブログ「Scouting New York」では、スカウトした、ニューヨークの「知られざる場所」が随時更新されている。

アップタウンの小さな墓場から、ニューヨークで最もプロポーズにふさわしい場所の選定まで、スカウトの幅は広い (プロポーズの場所として選ばれたのは、グランド・セントラル駅の一角だ)。

「ニューヨークのどの通りにも、必ず面白い場所が隠されている」とカーは言う。ただ、人はそれに気づかずに、通りすぎていく。

3.

特定のテーマにしぼって、街を歩く人たちもいる。

フランク・ジャンプは、ニューヨークを中心として、建物の壁などに描かれていた広告の跡を写真に残し、アーカイブ化している。その一部は、彼のブログ「Fading Ads in NYC」でみることができる。

ニューヨーク市内の橋を追いかけている人もいる。

ブルックリン・ブリッジだけがニューヨークの橋ではない。運河を含めて、水辺の多いニューヨーク市内には小さな橋がたくさん存在する。

そうした橋を見つけてきては、その橋の種類、用途から歴史までをドキュメントしているのは「Bridges NYC」だ。

ニューヨークは刻々と変わり続ける街だ。ニューヨークで生まれ育ったケヴィン・ウォルシュは、この街が変わりゆくさまをつぶさに記録している。

Forgotten New York (忘れ去られたニューヨーク)」では、道路、地下鉄、街灯、コミュニティにいたるまで、あらゆるところにニューヨークの変遷を観察している。

ニューヨーク市の「すべて」を歩こうという人もいる。マット・グリーンは、市内のあらゆる通り、すべてのブロックを歩き通すことを目標として、日夜歩き続けている。

総歩行距離は8千マイル (約1万3千キロ)におよぶ予定だ。毎日歩き続けても、2年以上かかるという。

I’m Just Walkin’ (ただ歩いてるだけ)」と題したウェブで、進捗状況が毎日更新されている。

ニューヨーク市の公認ガイドを務めるかたわら、市内の探検を続けているのは、モーゼス・ゲイツだ。

ゲイツはこれまでに、市内のすべての橋によじ登り、すべての閉鎖された地下鉄の駅への潜入に成功した。

現在の「チャレンジ」は、ニューヨーク市内のすべての国勢統計区を歩くことだ。

国勢統計区は、国勢調査局が統計の目的で米国全土を区分したもので、ニューヨーク市は2,217の国勢統計区から構成されている。

ゲイツが国勢統計区にこだわる理由は、それが意味をなす地理上の最小単位だからだという。彼のブログ「All City New York」で、現時点での達成率を確認することができる。

4.

彼らは、街で見つけた珍しいものを写真におさめて喜んでいるだけではない。

彼らの本当の仕事は、街で見つけたものに「ストーリー」を与えることだ。彼らが「ストリートの歴史家 (street historian)」とも呼ばれるのはそのためだ。

誰も気にもとめない小さな橋や街灯には、それぞれの歴史がある。グリーンが今日歩いた通りには、そこに住む彼女たちの視点からしか語ることのできない、独自のストーリーがあるはずだ。

多くの人が見過ごすだろう些細なモノや痕跡にストーリーを読みこみ、街の上にマッピングしていくこと。それが街歩きだ。「ただ歩いている」わけではない。

それは、様々なストーリーから、街をあらためて見つめ直してみる試みでもある。

5.

あらゆる角度からニューヨークを解き明かそうとするゲイツは、人口統計の研究にも余念がない。

所得、人種などをもとに統計を整理すると、ニューヨーク市の「平均」に相当する地域は、ブロンクスのぺルハム・パークウェイだとゲイツは言う。

統計が示すニューヨークと、私たちがイメージするニューヨークは、あまりに大きくかけ離れている。

タイムズ・スクエアや、摩天楼がひしめくマンハッタンではない。ブロンクスこそが「本当のニューヨーク」だ。

同じように、橋や消えゆく街角の広告も、それぞれ独自の「ニューヨーク」を教えてくれるだろう。

6.

街歩きは、一部の物好きだけのものではない。多少の好奇心さえあれば、誰にでもできる。

ファッションが好きな人なら、ニューヨークにある数多くのショップを知っているだろう。

そのショップがいまある場所には、5年前には何があったか調べてみよう。そのショップは5年前にどこに店を構えていたのだろう。周辺には同様のショップが集まっていただろうか。

ニューヨークは変化が激しい街だ。5年前と現在では、ずいぶん違っているはずだ。

その違いには、どんなパターンがみられるだろうか。そこからどんなストーリーをひきだすことができるだろう。

この街を「読む」、その視線の数だけ「ニューヨーク」は存在する。

どうやら、歩けば歩くほど、より多くのストーリーを集めれば集めるほど、「本当のニューヨーク」を究明することは難しくなるようだ。

7.

ニューヨーク市は、1年に5千万人近くが訪れ、6千億ドルを超える経済を産出し、新しいビジネスやアートを生み出し続ける巨大な都市だ。

「総体」としての巨大なニューヨークと、数々の小さなストーリーの間には、大きな隔たりがあるようにみえる。

多くのストーリーを積み重ねても、「総体としてのニューヨーク」にはならない。

しかし、そうしたストーリーが拮抗し、相互作用を繰り返すことによって、想像もできないような総体としての「ふるまい」を生み出す場所が、「都市」とよばれているものだと私は考えている。

そのダイナミズムを解明することが、都市を理解するということだ。

こうして、ニューヨークを解き明かすために、明日も私たちは街を歩くことになるだろう。

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