「空港がわが家」

ライアン・ビンガムは、全米各地を飛び回るビジネスマンだ。

颯爽と空港に現れたライアンは、無人カウンターで自動チェックインを済ませる。頻繁にフライトを重ねる彼は、荷物を預けない。旅は手荷物だけと決めている。

そしてファーストクラスに搭乗すると、次のクライアントが待つ街へと向かう。毎日のように、これを繰り返す。

ライアンの仕事はリストラの請負だ。タフな仕事を冷徹にこなしつつ、旅先で出会う女性との関係を楽しむことにも余念がない。

映画『マイレージ、マイライフ』に登場するライアン (ジョージ・クルーニー) にとって、空港は日常生活の一部だ。

英語では、旅が多い人のことを「空港に住んでいる」と表現することがある。「空港がわが家」のようなものなのだ。

1.

疲れを知らずに飛び回り続けるライアンだが、彼にも精彩を欠くときがある。それは、本拠地 (ホーム) に帰ったときだ。

清潔だが、引っ越したばかりのように何もないガランとした部屋に、彼は1人で住んでいる。

家族は遠く離れたところに住み、顔を合わせることもない。「ホーム」では、休日を一緒に過ごす特定の女性の相手もいない。

ぼんやりと自宅で過ごすライアンの姿は、旅先でのいきいきした彼とは対照的だ。

帰宅を歓迎してくれる「ホーム」がないライアンを、人は「不幸」と呼ぶだろう。

久しぶりに会った家族には、「(顔も見せにこない) おまえなど存在していないも同然」と言われる。

旅先で何度か会っていた、遠く離れた街に住む女性の自宅を訪ねてみると、そこには夫と子供がいた。彼女には、家族という「帰る場所」があったことを知る。

「自分の生活はこれでいいのだろうか」—。ライアンがそう考え始めてもおかしくはない。飛び回るのをやめて、自分も「ホーム」と呼べる場所を築くべきなのか。

2.

ラム・チャランは、GEのジャック・ウェルチやシティグループのジョン・リードなど、錚々たる経営者が彼のクライアントとして名前を連ねるコンサルタントだ。『経営は「実行」』などの著書でも知られている。

チャランの報酬は、1日あたり2万ドルを超える。桁外れの高収入にもかかわらず、彼は「ホームレス」だ。

クライアントのいる街から街へと旅を続けるチャランは、ホテルを転々とする生活だ。ホテルでクリーニングされたシャツを、数カ所先の目的地にフェデックスで送り続けている。

おそらくチャランには、ライアンのような迷いはないだろう。

ライアンが不幸感を味わうのは、下手に「ホーム」があるためだ。1ヵ月に数日しか帰ってこない「ホーム」など、さっさとたたんでしまった方がいい。

「空港に住む」ことによってこそ、彼はいきいきとしたライアンに戻るはずだ。

3.

ノース・カロライナ大学のビジネススクールで教鞭をとるジョン・カサーダも、飛行機を利用することがきわめて多い。

カサーダは、過去25年間で3百万マイルを飛び、1年間のうち2ヶ月に相当する時間を機内で過ごしているという。

そんなカサーダは、「空港都市 (aerotropolis)」を提唱している。

空港は、都市のまわりにつくられるものだった。都市が先にあり、その都市への移動を容易にするために空港が建設される。

カサーダはこれを逆転させようとする。空港そのものを都市にしてしまおうというのだ。

「空港都市」は、空港が中心となってその周辺を統合する、新しい都市形態だ。空港を中心に、ホテル、オフィス、ロジスティックス・センターがそこに集約される。

4.

インターネットなど、遠隔コミュニケーションの発達によって、世界は小さくなると言われた。

地球の裏側にいる人と、Eメールを瞬時に交わし、いつでもスカイプで会議をすることができるようになった。

遠く離れた場所にいる人に会いに行かなくても、インターネットがあれば事足りるはずだ。

しかし、インターネットが普及しても、旅行客は減らなかった。それどころか航空需要は大幅に増えている。

「インターネットは、人びとが直接会うことを助長し、むしろ航空需要を高めている」。カサーダはそう主張する。

ニューヨークの設計事務所でデザインの責任者を務める私の友人は、来週台湾に行く予定だ。

台湾で過ごす時間は約24時間。ニューヨークー台湾間の往復の機内で過ごす時間の方がよっぽど長い。

時差ボケになるヒマもない超短期出張だが、現地に行って自分の目で確かめないと絶対にダメだという。

あなたは自分の部下となるマネジャーを探しているとしよう。候補者はあなたが住む街に住んでいない。

あなたはテレビ会議で面接を済ませるだろうか。それとも、彼 (女) にあなたのオフィスに来るように言うだろうか。

5.

現地に赴き、人と直接会って話を進めることが重要なのは、どうやら今日でも変わらないようだ。カサーダなら、その重要性は以前よりもさらに増していると言うだろう。

しかし、直接会うために、そこに住む必要はない。それを可能にしたのは空港だ。

木曜日の夜のフライトは、「コンサルタント・エクスプレス」と呼ばれる。クライアントのいる街でその週を過ごしたコンサルタントの多くが、木曜日の夜に自分の住む街へと戻るからだ。

彼らは月曜日の早朝に「ホーム」を離れ、午前中の早い時間にクライアントのいる街へと降り立つ。木曜日の夜には「ホーム」に戻り、金曜日は住む街のオフィスで働く。そして翌週月曜日の早朝には、再び住む街を離れるのだ。

アクセスのよい空港の近くに住んでいれば、働く街と住む街が同じである必要はない。

6.

2005年にIBMのコンピュータ事業を買収したレノボ社のグローバル・サプライチェーン部門を統括するゲリー・スミスは、シンガポールに住んでいる。

同社のサプライ・チェーン部門は、中国、米国、インド、ブラジルに拡散している。問題があれば、スミスはすぐさま現地に飛ぶ。

では、スミスはなぜシンガポールに住んでいるのか。そこに世界中にアクセスできる、最も優れた空港があるからだ。

かつてビジネスの世界では、「ロケーション」がすべてだと言われた。

小売店やレストランの場所選びは言うまでもなく、企業本社の所在地まで、ビジネスの成功は「ロケーション」次第というわけだ。

だが、カサーダによると、今日のビジネスにとって最も重要なのは、「ロケーション」ではなく、「アクセシビリティ (アクセスの良さ)」だ。

そこに「所在」することよりも、そこに簡単に「アクセスできる」ことが重要なのだ。

7.

「空港都市」は、30年にわたり、カサーダが都市と経済(とくに競争分野)を研究してきた結果だ。

カサーダは、都市をネットワークと考える。

人、モノ、資本、知識が交差するところが都市だ。

なかでも、それらのフローを最大限に引き出す都市が大きく成長し、「ハブ」になる。

ハブを説明する例としてよく用いられるのは、空港を結ぶ航空ルートだ。スポークのように、放射線状に伸びる中心にあるのがハブだ。

モノであれ人であれ、はるか彼方の都市からやってくるものは、まずは空港に到着する。空港は、ほかの都市と結びつけることによって、様々な活動を可能にしている。

空港そのものがハブなのだ。ネットワークのハブとしての都市を指向するなら、空港を中心として都市をつくるのは当然ともいえるだろう。

空港はもはやインフラではない。空港自体が都市なのだ。

ダラス、ワシントンDC、アムステルダム、中国など、「空港都市」はすでに生まれはじめている。

文字通り「空港がわが家」になる時がくる。ライアンは迷うこともなく、生活を変える必要もない。変わる必要があるのは、都市のあり方の方だ。

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2 Responses to 「空港がわが家」

  1. ys347 says:

    巨大な空港都市として知られる、韓国の松島新都市 (ソンド新都市) の現状が報告されています。入念に考えられたデザインや設備の一方で、ソウルに比べて夜が退屈だという指摘もあります。

    Sim City: Inside South Korea’s $35 Billion Plan to Build a City from Scratch (ReadWriteWeb)
    http://www.readwriteweb.com/archives/sim-city-inside-south-koreas-35-billion-plan-to-build-a-city-from-scratch.php

  2. ys347 says:

    空港を飛行機に乗るための通過点ではなく、そこで時間を過ごせる場所にしようという傾向が世界中でみられるようです。

    ショッピングや飲食だけでなく、映画館やゴルフコースが空港につくらています。「空港都市」は、この延長上にあるのかもしれません。

    The Airport Of The Future Is About More Than Takeoff And Landing (Co.EXIST)

    http://www.fastcoexist.com/1680367/the-airport-of-the-future-is-about-more-than-takeoff-and-landing#1

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