学ぶ建物、変わる街

ウィキペディアによると、橋は次のように定義されている。

は、人や物が、窪地道路線路などの交通路上の交差物を乗り越えるための構造物である。

この定義は十分ではない。橋にはもっといろいろな使い途がある。

橋は景色を眺める場所であり、それ自体が人びとの視線を集めるランドマークだ。パーティー会場にもなるだろう。

1.

ニューヨークのブルックリン橋には、毎日多くの観光客が訪れる。マンハッタンからブルックリン方面に向かって、橋を歩いて渡る人たちも多い。

橋の中央付近にさしかったところで、後ろを振り返ってみよう。

左手 (南) 遠方には自由の女神、右手 (北) にはエンパイア・ステート・ビルを含むミッドタウンの高層ビル群を一望することができる。

多くの人が抱く「ニューヨークのイメージ」を、ここで手に入れることができるというわけだ。

こうした観光客にとって、ブルックリン橋は川を超えるための手段ではない。全長2キロ近くもの橋をわざわざ歩くのは、そこからマンハッタンを眺めるためだ。それはむしろ展望台といえる。

橋から街を眺める人がいれば、橋そのものを眺める人もいる。

橋を渡りきり、ブルックリン側に着くと、そこから1883年に完成したこの橋の全貌をあらためて観察することができる。

ニューヨークの絵葉書には、ブルックリン橋の写真が多い。この橋そのものが観光名所であり、ニューヨークの象徴のひとつだ。

橋はさまざまな構造物からできている。ブルックリン側で橋を支える基礎部分の中には、巨大な空洞が存在する。

橋の中の空洞を利用した「アンカレッジ (Anchorage)」と呼ばれたスペースでは、10年前まで実験的な音楽からハロウィーンパーティーまで、多様なイベントが行われていた。1991年には日本のダムタイプの公演も行われている。

橋の上を大型トラックが通ると、天井から塵が舞い降りたと伝えられるアンカレッジは、2001年のテロ事件以降、あいにく閉鎖されている。

2.

橋は、もともとは、川を乗り越えるためにつくられたのだろう。だからといって、それ以外の目的に利用していけないはずがない。

当初想定された目的とは違った目的のために使う 「リパーパス (repurpose)」 の例は、ニューヨークのいたるところで見つけることができる。

ニューヨークの映画界の重鎮として、独自の存在感を放つアンソロジー・フィルム・アーカイヴスは、セカンド・アベニューにあるかつての裁判所の建物を1979年に取得し、それ以来映画館として利用している。

古典的な「リパーパス」の例だ。

ニューヨーク州の郊外にあるディア・ビーコンは、製菓会社のナビスコの工場だった建物を利用した美術館だ。

ディアのオーナーが、趣味の飛行機操縦でハドソン川の上空を飛んでいるときに、使われていない同工場を上空から見つけたのがきっかけで、美術館として生まれ変わった。

マンハッタンから電車で数時間の郊外にあるにもかかわらず、根強い人気があり、訪問客が絶えない。

産業インフラを「リパーパス」した最近の例で知られているのは、ハイラインだろう。

マンハッタンの西側、ミートパッキング地区を通り抜ける、放棄された高架の貨物線路の跡を公園にしたものだ。

近年で最も議論を呼んだ都市計画として注目を浴びていた大規模なプロジェクトは、2009年に第1期が完成した。

ハイラインがあれば、「ロウライン」もある。

マンハッタンのロワーイーストサイド、デランシー通りの地下には、ウィリアムズバーグ橋を渡る貨車用のターミナルとして利用されていたスペースがある。

現在は使われていないその地下スペースを公園にしようというのが、「デランシー・アンダーグラウンド」だ。

光ファイバーケーブルと鏡を用いて、地上から自然光をとりこむ野心的なアイデアもあいまって、すでに大きな注目を集めている。

「リパーパス」は、産業インフラのような大規模なものにかぎらない。

このビースティー・ボーイズのビデオは、私が住んでいるアパートのすぐ近所で撮影されている。

見ればわかるように、住居棟の地下室を改造したスタジオだ。ダウンタウンのモット通りにあるこのスタジオを、ビースティー・ボーイズは一時期利用していた。

この建物の住人でもなければ、まさかこんなところにスタジオがあるとは想像もしないだろう。

ダウタウンの古い建物には大きな地下室が備わっていることが多い。閉め切った扉の向こうでは、何が起こっているのか全くわからない。

一時的な「リパーパス」の例も多い。

ファッションウィークの期間中、仮設テントを設置することによって、ミッドタウンのブライアント・パークは、数週間だけファッションショーの会場になっていた (現在はリンカーン・センターに場所を移している)。

また、ニューヨークマラソンは、ニューヨーク市内の車道を、一日だけ別の目的に利用している。

こうした例は、ニューヨークのあらゆる街角で発見することができるだろう。

残念ながら、「リパーパス」は必ずしも、良いことだけをもたらすわけではない。

2001年にニューヨークを襲った同時多発テロは、超高層のオフィスビルを米国資本主義と読みかえ、民間航空テクノロジーを本来のものとは違った目的に利用したものだ。

3.

スチュワート・ブランドは、1994年に『How Buildings Learn』という本を出版している。

「建物は、そこで働き、住む人たちとともに学ぶ」。ブランドはそう指摘する。

ある建物を新たに使うことになった人は、それまでとは違った使い方をするだろう。そのとき、建物は、その要請に応えて変化する。

その後にその場所を利用する人たちは、変化した建物にもとづいて利用方法を考え、そこにさらに変更を加えるだろう。

それは、建物が新しい環境に適応していくプロセスだ。建物と人が対話を続けながら、互いに影響を与えつつ、両者が変化していく。

建物は固定するようにつくられている。その建物でさえ、変化に適応し、自らを変えていく。「リパーパス」は、そうした変化の一形態だ。

4.

ブランドの言う「学習」の古典的な例は、ニューヨークのソーホーでみることができる。

ソーホーでは、1970年代にかけて、工場として利用されていた建物に、アーチストたちが住みついた。天井が高いため、アート制作に向いていたといわれる。

先日、私は、映像作家であり、アンソロジー・フィルム・アーカイヴスの創始者でもあるヨナス・メカスが残した映像の断片『A Walk』(1990年) をみる機会があった。

12月の雨の日に、メカスがカメラをかかえて、ソーホーからウィリアムズバーグ橋まで歩く。それだけの1時間足らずの記録だ。

そこに映し出された街並みは、今日私たちが知っているものと大きく違っていた。

撮影当時の1990年は、ソーホーだけでなく、その周辺地域も変わりはじめていた。フィルムの中で、メカスは、独り言のようにつぶやいている。

「1967年には、(ソーホーで) コーヒーを買うには10ブロック走らなきゃいけなかったのに」。

アーチストの街として知られるようになったソーホーは、ヒップな場所とみられるようになった。アーチスト以外にも引っ越してくる人が増え、バーやレストランもオープンした。

その後ソーホーは、アーチストの街からギャラリー街へと変化を遂げ、現在はもっぱらショッピングと観光の場所だ。

だれかが「穴場」の場所を探しだし、そこに引っ越して住みはじめる。

クチコミを通じて似たような人が集まるようになり、それを目当てにビジネスも参入する。

「創発」ともいえるこのパターンが顕著になると、そのチャンスを利用しようとするデベロパー (不動産開発業者) や政府が、それを追いかける。

その逆ではない。

ブルックリンのウィリアムズバーグも、アーチストたちが、安い家賃と制作スペースを求めて集まってきたことから、同様の開発パターンをたどっている

5.

今年の9月から「ウォール街を占拠せよ」というデモが続いている。最近では「Occupy (占拠せよ)」というスローガンを、いたるところで目にするようになった。

だが、ニューヨークで人びとが占拠するのは、いま始まったことではない。

ソーホーの変遷が示すように、この街は、人びとが「占拠」し、「リパーパス」することによって、変化を続け、復活もしてきた。

放棄されたソーホーの建物には、なかば勝手に住みついたアーチスト (当時は「自称アーチスト」) も多かった。いまウォール街でテントを張って生活している人たちの方が、よっぽど礼儀正しい。

ハイラインは、もう立派なニューヨークの観光名所だ。しかし、10年にもおよんだ同プロジェクトが、もともとはウェスト・ヴィレッジの住民2人による提案から始まったことはあまり知られていない。

ニューヨークでは、まず先に人が動く。

「すでにそこにあるもの」を使って、別の目的への利用を試みるのは、ここに住んでいる私たちだ。

それは、政府の仕事ではない。いわゆる「再開発」とは異なる所以だ。

建造物の「リパーパス」には、もちろん規制が関係する。しかし、「成功例」を示してやれば、規制もそれに従う。

ろくでもないアーチスト連中が住みついた結果、ソーホーは薄暗い工場街から観光客のメッカに変わった。その恩恵にあずかっているのは、ニューヨーク市とソーホーに店をかまえる小売店だ。

建物が学ぶのだから、さすがに政府も学ぶはずだろう。

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One Response to 学ぶ建物、変わる街

  1. まあ、確かにきちんと読んでみると面白いな。

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