予測できないから試してみる – ニューヨーク市のパイロット策

ニューヨーク市内には、1万3千台を超える「イエローキャブ」が走っている。それでも、ラッシュアワー時に空車のタクシーをつかまえるのは大変だ。

タクシー需要の増加に柔軟に対応するため、2010年2月、ニューヨーク市はタクシーの相乗りを始めた。1年間の試験的な導入だ。

平日の朝6時から10時までの間、マンハッタンに設置された複数のタクシー乗り場から相乗りし、決められた目的地に向かう途中、乗客は好きなところで下車することができる。

料金は乗客1人当たり3ドルあるいは4ドルの固定制。乗客にとっては、相乗りすることで、タクシーを待つ時間が減り、支払う料金も少なくてすむ。

タクシービジネスにとっては、車輛の数を増やすことなく、供給能力が高まることが期待された。

利用が多い乗り場は継続、少ない乗り場は廃止

相乗りが実施された後、ニューヨーク市のタクシーを統括するタクシー&リムジン委員会 (New York City Taxi and Limousine Commission) は、その利用状況を分析した。

ニューヨーク市のタクシー車輛には、GPSが装備されている。それぞれの車がいつどこを走っていたのか、その膨大なデータは全て記録され、さまざまな分析に利用されている (たとえば、交通パターンの分析どの時間帯にどこでタクシー利用が多いかなど)。

相乗りの状況もGPSデータをもとに分析された。その結果、乗り場ごとに利用状況が大きく異なることが明らかになった。

ミッドタウンのポート・オーソリティは、近隣州を結ぶ数多くのバスが発着するターミナルだ。

そのポート・オーソリティに設置された乗り場では、相乗りは多く利用され、期待通りの効果が確認された。同乗り場では、現在も相乗りが続いている。

しかし、必ずしも期待した効果がみられない乗り場もあった。そして、利用が少ない3ヶ所の相乗りタクシー乗り場は2010年末に廃止された。

その後も利用状況のモニターは続けられ、今年になってから、利用が少ない乗り場はさらに廃止されたり、別の場所に移動している。

「素早く、小さく始めて、結果をみてみる」

ニューヨーク市は、こうした試験的なプログラムをいくつも実施している。

暫定的なプログラムを試験的に導入し、その効果をみたうえで、本格的な採用の可否を決めようというものだ。

2009年には、タイムズ・スクエアとヘラルド・スクエアに、「歩行者天国」とでも言える歩行者専用の「プラザ」ができた。これも「パイロット策」の1つだ。

ニューヨーク市で新しい政策を提案、実施するためには、とてつもなく時間と手間のかかる承認プロセスを経なければならない。

市の委員会や、様々な利害が交錯する各種団体のレビューを受け、質問に答え、激しい反対にあう。その結果提案は修正され、再びレビューを受けて、また質問に答え…。

こうしたプロセスを何度も繰り返すうちに、時間ばかりが経過し、頓挫して立ち消えに終わる提案も多い。

「多様性の街」ニューヨーク市でコンセンサスをとりつけるのは、想像を絶するエネルギーが必要な作業なのだ。

だが、「試験的な導入」のパイロット策は、こうしたプロセスの多くをスキップできるため、提案を素早く実行に移すことができる。

「素早く、小さく始めて、結果をみる」—。

それが、パイロット策の進め方だ。巨額の資源を投資する前に、部分的に試験導入し、その結果を検討する。

期待した効果があがらなければ、やめればいい。効果の度合いがわからないうちから、恒久的な措置として大々的に市内全域で着手する必要はない。

タクシーの相乗りでは、乗車が少なかった乗り場は廃止され、需要が多い乗り場は恒久的な措置に切り替えられた。

「リーン・スタートアップ」

ニューヨーク市の取り組みは、スタートアップ企業で用いられる手法「リーン・スタートアップ」とよく似ている。

理想的な条件や環境がそろってからようやくビジネスを始めるのではなく、まずはとにかくやってみて、市場の中で試行錯誤を繰り返すという考え方だ。

全く「未知の世界」と言っていい3年後の市場環境を「予測」するビジネスプランの作成に時間を費やすぐらいなら、さっさと始めてみようというわけだ。

ビジネスの世界と同様に、都市の「はたらき」や「ふるまい」には、実際にやってみないとわからないことが多い。

昨年の6月、新たな相乗りタクシーの乗り場が、ヨーク通りと70丁目の角に設置された。同地域は、地下鉄の駅から遠く、急行バスが廃止になったばかりだった。

住人の多くはダウンタウンの金融機関で働いている。アップタウンからダウンタウンに向かう相乗りは間違いなく歓迎されると思われた。

だが、実際にタクシー乗り場を設置したところ、利用者はほとんどなく、その乗り場は間もなく廃止されることになった。

タクシー&リムジン委員会の分析によると、少し北のヨーク通りと79丁目の角にある乗り場が相乗りの場所としてすでに定着していたため、そこを利用する乗客が多かったようだ。

成功が約束されたようにみえるプランも、予想外の結果に終わることは多い。

「歩行者天国」は期待した効果が得られなかった

様々なプログラムの実験場とも言えるニューヨーク市のパイロット策は、批判を受けることも多い。

パイロット策は一時的な措置として導入されるため、委員会のレビューや公聴会をスキップすることができる。

官僚的なプロセスを回避し、素早く導入することができる利点もあるが、政策立案のプロセスから市民の声を排除することにもなりかねない。

問題をさらに複雑にしているのは、パイロット策の「ステータス」が必ずしも明確ではないことだ。

タイムズ・スクエアとヘラルド・スクエアの「歩行者天国」化は、「都会のなかに安らぎと憩いをもたらした」と伝えられることも多い。

だが、車道と歩行者を切り分けることで、常に混雑する同地域の交通の流れを改善する目的で「プラザ」は導入された。

データ分析によると、プラザの導入後も交通のスピードは当初期待していたほど改善していなかった。にもかかわらず、ニューヨーク市は、試験的に導入した歩行者天国を「恒久策」に切り替えた。

パイロット策を巧みに利用することによって、ニューヨーク市長には、特定の政策を恣意的に推し進めることも可能だ。

こうしたパイロット策のいくつかが、大富豪であるブルームバーグ市長の個人的な資金で導入されていることも、懐疑的な憶測を呼ぶ理由のひとつだ。

パイロット策は本当に試験導入なのか

ニューヨーク市のパイロット策で最も議論を呼んでいるのは、ブルックリンのバイクレーン (自転車専用レーン) だ。

ブルックリンのプロスペクト・パークに沿って走るプロスペクト・パーク・ウェストに、ほぼ1マイルにわたってバイクレーンが設けられた。

ニューヨーク市をはじめ、米国の都市では、自動車が支配する街から、歩行者や自転車を重視する街へのシフトが始まっている。「ウォーカブル・シティ (walkable city)」とも呼ばれる動きだ。

バイクレーンの導入は、環境にやさしい自転車利用を促進し、交通事故を減らすことにもなる、「進歩的な策」として受け入れられたはずだった。

だが、住民の一部は、自動車の利用が不便になり、自転車の横行によって歩行者が危険な目に遭うと主張し、市を相手に訴訟を起こしていた。

その際に争点の1つとなったのが、すでに導入されたバイクレーンが試験的な試みなのか、それとも恒久的な措置なのかをめぐる争いだ。

バイクレーンの廃止を求める住民は、導入後の評価において、市はデータを恣意的に操ることができるとも指摘している。

都市のふるまいを予測することはできない

都市は本来的に複雑なシステムだ。

ニューヨークのように大きな都市では、ちょっとした新しいプログラムを導入しても、それがどのような結果をもたらすのか、予測することは不可能と言っていい。

既存の政策に少し変更を加えただけでも、想像もしなかったようなふるまいを始めることもある。

都市のはたらきを完全に把握することは不可能であり、まして予測することなどできない。だからこそ、まず試してみる。その結果、データをもとに、その効果を判断する。

こうしたパイロット策は、伝統的な「経済政策」のあり方とは対照的だ。

複雑すぎる都市のはたらきを把握したつもりになって政策を実施するよりは、よっぽど実際的だ。

「生きた実験場 (living laboratory)」とも言われるニューヨークにはふさわしいアプローチと言えるだろう。

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