「ブルックリンは新しいマンハッタン」

「ここには店も何もない。夜は真っ暗だし、しばらく歩かないとバーもない。こんな退屈なところに住めるか。マンハッタンに引っ越そう。」

今から10年前のこと—。

私はブルックリンのウィリアムズバーグに住んでいた。マンハッタンから川で隔てられたウィリアムズバーグは、退屈で仕方ない。同居人がそう言い始めたのだ。

ウィリアムズバーグにある写真家のスタジオ兼アパートの貸物件を見つけてきたのは同居人の方だ。その彼が私にキレるのは筋違いというものだ。

とはいえ、私もウィリアムズバーグの生活に不便さを感じていたので、引越案にのることにした。

マンハッタンのダウンタウンに引っ越したときには、真夜中になっても人通りが絶えない様子に、「ニューヨーク」を実感したのを覚えている。

変貌するウィリアムズバーグ

ウィリアムズバーグはここ10年で劇的に変わった。

かつて住んでいたベッドフォード通りは、いまやブティックからレストランまで、あらゆる種類の店がひしめきあっている。週末ともなると原宿さながらの喧噪だ。

あちこちで古い建物が取り壊されては、かわりに高層のコンドミニアムが立ち上がっている。

私が住んでいた4階建ての建物は住居専用のものだった。いまでは、その1階にしゃれたレストランがオープンしている。街が変われば、規制も変わる。

当時のウィリアムズバーグの生活で不便な点は、タクシーが走っていなかったことだ。

夜遅く始まる友人の家でのパーティーに招待されたら、あらかじめリムジンを予約しておかなければならなかった。いまは24時間いつでもタクシーをつかまえることができる。

家賃の安いウィリアムズバーグにアーチストが住みついた

旅行ガイドの多くは、ウィリアムズバーグを「オシャレなエリア」と紹介しているだろう。その「オシャレエリア」は、10年前には「何もない」ところだったのだ。

変化の兆しが見え始めたのは、1990年代初めから半ばにかけてのことだ。

家賃の安いアパートを探し求めていたアーチストたちが、ウィリアムズバーグに住み始めた。

ウィリアムズバーグの中心地、ベッドフォード通りは、地下鉄の「Lトレイン」で、マンハッタンからひと駅の近さだ。

同地域には、倉庫や軽工業に利用された建物が多かった。ロフトなどの広いスペースは、作品制作や音楽のリハーサルにもってこいの場所だ。

そのため、住居目的ではない建物に違法で住みついたアーチストも多くいた。

アーチストが住みはじめると、ほかのアーチストもそれを追う。情報はクチコミで広がり、多くのアーチストがウィリアムズバーグに移動した。

建築に従事していた私の同居人がウィリアムズバーグに住もうと思ったのも、そこに住む友人のアーチストを訪ねたことがきっかけだった。

人のふるまいや行動は伝染する。ネットワーク理論が示唆するところだ (『つながり』)。

とくにアーチストにとっては、ほかのアーチストとのつながりが重要だ。アーチスト同士が近くに住み、互いに頻繁に行き来する。

あるアーチストのロフトのパーティーに行くと、そこで知り合った人が別のパーティーに連れていってくれる。そこでまた別の人と知り合い…。

こうして、2000年代初めには、ウィリアムズバーグの住民構成は大きく変わっていた。

ベッドフォード通りを南北に分けるグランド通りの南側は、プエルトリコ系とドミニカ系移民のコミュニティだったが、アーチストと移民たちが共存するかっこうになっていた。

ウォール街で働いていた私は、当時のウィリアムズバーグではかなり珍しい存在だったはずだ。

金融の朝は早く、夜明け前に家を出て職場へと向かうのだが、スーツを着て地下鉄の駅に急ぐ人を見かけた記憶がない。

そして2000年代に入り、ヒスパニック系の日用品店やコインランドリー以外に「何もなかった」ところに、レストランや店が次々にオープンし始めた。

誰の目にも街の変容が明らかになるにつれて、ウィリアムズバーグに形成されつつある独特の雰囲気に魅かれた、アーチストではない人たちが住み始めるようになった。

「まだマンハッタン?」

ウィリアムズバーグは例外的なケースではない。ブルックリンでは、こうした変化があちこちでみられる。

スミス通りは、10年前にはテイクアウトの中華料理店が散見されるぐらいの通りだった。現在では「スミス通り」といえば、雰囲気満点のレストランを連想する人が多いだろう。

パーク・スロープには、カフェやレストランがたくさんオープンしている。マンハッタンにあるような派手なレストランとは別の類いのものだ。

ブルックリンの人気は高まる一方だ。少しリラックスした雰囲気を楽しむことができるし、マンハッタンにはびこる「ビジネス第一優先主義」がない。

マンハッタンに住んでいる私は、ブルックリンに住んでいる知人に、「なんでマンハッタンに住んでるの?」と聞かれることがある。あたかも「まだマンハッタンなんかに住んでるのか」とでも言うようだ。

近年のブルックリンの変貌ぶりは、安い家賃に人が集まったところから始まったとは言えるだろう。

しかし、いまブルックリンに住む人たちは、マンハッタンの家賃が高いから、仕方なくブルックリンに住んでいるのではない。彼らはブルックリンを選んで住んでいるのだ。

「ブルックリンは新しいマンハッタン」

「ブルックリンは新しいマンハッタン、マンハッタンは新しいクイーンズ、クイーンズは新しいブルックリンだ」。(*)

2009年に始まったテレビドラマ『Bored to Death』に出てきたセリフだ。

「ディズニー化」が隅々まで行きわたろうとしているマンハッタンは、かつての輝きを失ってしまった。観光客とビジネスのための退屈きわまりない街だ。

それに比べて、新しいものが生まれているブルックリンは「クール」で「セクシー」だ。かつてのマンハッタンがもっていた魅力がある。

エッジーなものを探しているなら、アーチストやミュージシャンが住むブルックリンに行け。マンハッタンは観光客とスーツの連中に任せておけ。

ニューヨークに住む者なら、程度の差こそあっても、こうした見方にうなずく人は多いだろう。

ブルックリンの「マンハッタン化」?

もっとも、こうした変化を、ブルックリンの「マンハッタン化」だと考える人たちもいる。

ウィリアムズバーグをはじめ、ブルックリンの人気エリアでは、「ジェントリフィケーション」(地域の高級化)が進行し、家賃が高騰している。

1990年代にウィリアムズバーグに移ったアーチストたちの多くは、早々と別の地域へと引っ越してしまったようだ。

ウィリアムズバーグの人気が高まるにつれて、2000年代後半には、住民の多くが、マンハッタンで従業員として働き、経済的により余裕のある「クリエイティブ・プロフェッショナル」になったと指摘されている。

そうでもなければ、川沿いの高層コンドミニアムに住むことは難しいだろう。

かつてのウィリアムズバーグには、昔からあるメキシコ人が経営する個人経営の小さなレストランと、新たにオープンした店が混在していた。

様々な人が流入するにつれて、スターバックスからアメリカンアパレルまで、チェーンの店が目立つようになった。

不動産業者は、「ヒップ」な地域として定着したウィリアムズバーグのイメージを最大限に利用しようとして、「ウィリアムズバーグ」と呼ばれる地域を拡張している。

正式にはウィリアムズバーグには属さないブッシュウィックを、「東ウィリアムズバーグ」と呼んでいる。

ウィリアムズバーグが注目されるようになる以前の1990年代後半までは、ベッドフォード駅のあたりは、ポーランド系移民の大規模なコミュニティであるグリーンポイントの一部とみなされることが多かった。

今日では、拡張するウィリアムズバーグがグリーンポイントに浸食しているありさまだ。

商業主義が街をのみこんでいくさまは、「マンハッタン化」を完全に否定するのは難しい。

ニューヨークの「開発モデル」

賛否両論呼ぶブルックリンの開発は、アーチストなど人の移動から始まった。アーチストが住むと、それを追いかけて人が住むようになり、レストランなどがオープンし始める

「創発」ともいえるそうした自生的な潮流にとびのろううとして、ビジネスや商業化が後追いする。その逆ではない。

巨大な資本や政府の開発案が先行し、それに従って人が動くのではなく、人びとの散発的な移動が資本や政府を巻き込んで展開するのは、ニューヨークの特徴といえるだろう。

ところで、10年前にウィリアムズバーグを退屈だと言ったかつての同居人から、最近メールが届いた。

いまは本国で暮らしている彼に、年末に2人目の子供が産まれるそうだ。彼の奥さんは、10年前にやはりウィリアムズバーグに住んでいた建築家だ。

ウィリアムズバーグの私たちのアパートで、「ベジバーガー・ナイト」と称するパーティーをしたときに彼女がやってきたのがはじまりだ。

今となっては、彼女を連れてきたのが誰だったのか、当事者の本人たちも覚えていないのだが、とにかく、場所とつながりが重要な役割を果たすことは間違いないようだ。

 
(*) “Brooklyn is the new Manhattan, Manhattan is the new Queens, and Queens is the new Brooklyn.”
 
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6 Responses to 「ブルックリンは新しいマンハッタン」

  1. Pingback: 「不動産はゲイが多いところを買え」 | Follow the accident. Fear the set plan.

  2. Pingback: 学ぶ建物、変わる街 | Follow the accident. Fear the set plan.

  3. ys347 says:

    ブルックリンのジェントリフィケーションをとりあげたドキュメンタリーが2本話題になっている (「My Brooklyn」、「Gut Renovation」)。

    そこでは、ジェントリフィケーションが、必ずしも市場によって引き起こされているわけではないなど、興味深い指摘がある。

    Brooklyn Gentrification on Screen (Urban Omnibus)
    http://urbanomnibus.net/2012/06/brooklyn-gentrification-on-screen/

  4. ys347 says:

    トマス・B・フォーダム研究所のMichael J. Petrilliによると、ブルックリンは米国で最も急速にジェントリフィケーションが進行している地区のひとつだ。

    2000年から2010年の10年間で、「白人化」が急速に進んだ地域をリスト化しており、ブルックリンの地域が上位に入っている。

    The fastest-gentrifying neighborhoods in the United States
    http://www.edexcellence.net/commentary/education-gadfly-daily/flypaper/2012/the-fastest-gentrifying-neighborhoods-in-the-united-states.html

  5. Pingback: 都市への反転がいよいよ始まる | Follow the accident. Fear the set plan.

  6. ys347 says:

    ブルックリンの家賃の上昇率がマンハッタンのそれを上回っていたため、ブルックリンの一部ではマンハッタンよりも家賃が高くなり、ブルックリンからマンハッタンに引っ越す人もいるらしい。

    Manhattan Rents Beckon Brooklynites (Wall Street Journal)
    http://online.wsj.com/article/SB10000872396390443570904577547231942958966.html?mod=wsj_share_tweet

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