さよなら金融都市、ようこそイノベーション都市へ

「ウォール街の凋落」—。

2011年2月、ニューヨーク証券取引所 (NYSE) を運営するNYSEユーロネクストと、ドイツ取引所の合併が発表された。

ドイツ取引所が新会社の株式の60%を取得し、同取引所がNYSEユーロネクストを、実質的に買収したことになる。

多くのメディアが、ウォール街の「地盤沈下」を伝えた

ブルームバーグ・ニューヨーク市長は、同合併について、「ニューヨークにとって良いことだ」と、淡々としたコメントを残すにとどめた。

NYSEを含む金融機関を市内にひきとめるために、「インセンティブ」として巨額の財政支援を連発していた、1980年代から1990年代の頃とは対照的な、冷めた対応が印象的だ。

イノベーション都市」を目指して

同合併構想が浮上した同じ日、私は、コロンビア大学で、ニューヨーク市の副市長を務める、ロバート・スティールのプレゼンテーションを聞いていた。

そのテーマは、「イノベーション都市 (City of Innovation)」。

スティール副市長は、ブルッキングス研究所のブルース・カッツの引用から話を始めた。

「起業家精神あふれる企業、優秀な人々、大学、その他の支援機関が、都市に集まると、信じられないようなことが起こる。… アイデアがぶつかり合って、大きく育つ。研究所や工場では、新しい発明やプロセスが現れる。そして、新たな製品や企業が生まれる。」

イノベーションは、才能豊かな多彩な人が集まり、共同作業を繰り返すことによって生まれる。そして、ほかでもない、都市こそがイノベーションを生み出す場所なのだ。

ニューヨークが目指すのは、そうした「イノベーション都市」だ。

イノベーションは、今日の経済において、最も重要なものだ。イノベーションが牽引するビジネスは、テクノロジーやITだけではない。

ニューヨークは1950年代に衣料製造業の隆盛を誇ったが、今日の衣料製造の中心は中国だ。

ニューヨークがファッションの街だと言うとき、それは製造拠点を意味するわけではない。新しいデザイン(=イノベーション)を生み出しているという意味だ。

金融もイノベーションの賜物だ。1980年代以降、ニューヨークが金融都市として復活した背景には、様々な金融商品や金融関連サービスの開発があった。

イノベーションの第一歩は「才能」をひきつけること

「イノベーションの第一歩は、才能のある人たちを呼びこむことだ」。

スティール副市長は、何度もそう強調した。21世紀の都市の競争力は、「人的資本」をひきつけられるかどうかにかかっている。才能やスキルは、イノベーションの「シード (種子)」なのだ。

ニューヨークは、依然多くの人をひきつける街だ。

住むためにやって来る人もいれば、観光やビジネスで滞在する人も多い。2010年には、過去最高を記録する、およそ4900万人がニューヨーク市を訪れた。

ニューヨーク市は、着々と「才能」の受け入れ体制を進めている。クイーンズのハンツ・ポイントでは、比較的手頃な価格帯の高層住宅の建設に着手した。

マンハッタンのダウンタウンには、スタートアップビジネス向けのオフィスをオープンした。起業家向けの財政優遇策も準備中だ。

政府の政策は「ハコもの」で、コンテンツを欠くと言われる。だが、「ハコ」以外に政府に何を期待すべきだろう。イノベーションを生み出すのは人だ。政府ではない。

都市への集中はよりいっそう進む

イノベーションは、天才のひらめきによって、突然生まれるものではない。

キース・ソーヤーなどの研究によると、それは、人々の共同作業によって、漸進的な変化の結果もたらされる。イノベーションは、コラボレーションの産物なのだ。

コラボレーションには、頻繁に意見交換しながら、共同作業を続けることが求められる。

意見交換は、フォーマルな会議のこともあれば、カフェでのおしゃべりから新しいビジネスが生まれることもあるだろう。

バイオのフロンティアを研究する者であれば、最前線を走る他の研究者との日常的な情報交換は欠かせないはずだ。

「情報」の重要度が高まる金融の世界でも、同業者とのインフォーマルな情報交換は不可欠だ。マンハッタンに住むにはそれなりの理由がある。

金融機関のバックオフィスが多く存在するコネチカット州のスタンフォードとマンハッタンの間は、金融関係者を乗せたリムジンが日夜往復している。

「ファッションをやるならここにいなきゃいけない」—。ニューヨークのファッション関係者は口をそろえてそう言う。

コラボレーションには、何よりも、物理的に集中していることが重要だ。アイデアやイノベーションを生み出すのは、都市の「密度」だ。

インターネットなど通信技術の発展によって、「場所」や「距離」といった障害はなくなると言われた。だが、実際には、「場所」がもつ重要性はよりいっそう高まっている。

そもそも「場所」が重要でなければ、遠隔通信が最も進んでいるはずの産業が、あれほどシリコンバレーに集中するはずがない。

多様な産業群の街へ

「多様な中小企業を数多く抱える都市は繁栄する」—。

今年の2月に出版された『Triumph of The City』で、ハーバード大学のエドワード・グレイサーはそう指摘する。

グレイサーによると、かつてデトロイトには、自動車分野で多くの有能な起業家が存在し、熾烈な競争を続けていたという。

しかし、フォードが独り勝ちし、垂直統合を進める過程で、そうした起業家は消えていった。特化が進んだ結果が、荒廃をきわめる今日のデトロイトだ。

シリコンバレーは、イノベーションを生み出し続けている。だが、ITという単一の産業に特化しているため、他産業との間にイノベーションが生まれない。

グレイサーは、シリコンバレーも将来的に衰退する可能性があると予想する。

同質性や産業特化は、短期的な効率性を高めるには有効だ。しかし、環境変化への適応や、イノベーションには致命的な障害となる。

ニューヨークは、デトロイトの轍を踏んではならない。

この街には、金融以外にも、バイオ、ファッション、IT、飲食業、教育/研究機関、エンターテインメント、アートなど、多彩なビジネスが、この狭い場所にひしめきあっている。それがニューヨークの強みだ。

NYSEユーロネクストとドイツ取引所の合併は、ニューヨーク「凋落」の兆しではない。金融への過度の依存度を是正し、より多様なビジネス群から成る「イノベーション都市」に向けて、本格的に舵を切り直したのだ。

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8 Responses to さよなら金融都市、ようこそイノベーション都市へ

  1. Pingback: 人はなぜ都市に集まるのか | Follow the accident. Fear the set plan.

  2. Pingback: 才能をひきよせるのは何か | Follow the accident. Fear the set plan.

  3. Pingback: 「財政優遇で企業誘致」の時代は終わった | Follow the accident. Fear the set plan.

  4. Pingback: ニューヨークはどのようにして甦ったか | Follow the accident. Fear the set plan.

  5. ys347 says:

    ニューヨーク市について政策提言を行っているCenter for an Urban Futureは、スタートアップの新しいハブとしてのニューヨークに関するレポートを発表している。

    スタートアップの企業数など定量的な整理や、ニューヨークのスタートアップの特徴などがまとめられている。

    New Tech City (Center for an Urban Future)
    http://nycfuture.org/content/articles/article_view.cfm?article_id=1306&article_type=0

  6. Pingback: もっと高く!もっと密度を! | Follow the accident. Fear the set plan.

  7. Pingback: スタートアップで経済の多様化を | Follow the accident. Fear the set plan.

  8. Pingback: 「財政優遇で企業誘致」の時代は終わった | Follow the accident. Fear the set plan.

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